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2016年10月28日 (金)

評論家ではなく当事者でありたい

 「3のA、3のA」

 半券をポケットにしまいながら、ボーディング・ブリッジからジェット機に乗り込む。顔をあげると搭乗の挨拶をしているキャビンアテンダントと目が合い、僕はすぐに目をそらしてしまった。美人は僕のような人間にとって、ある程度の距離が必要になる。

 フジドリームエアライン、略してFDA。僕らにとってFDAといえば、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration)なわけだが・・・。それはさておき、ここのCAはレベルが高いのではないか。

 通路を挟んで左右2席ずつの機内ながら、天井は高く感じ、狭さはさほど感じられない。飛行機に乗るなら前方窓側と決めている僕は、すぐに僕が座るはずのシートを視野に捉える。ところがそこには、おそらく3のBの半券を持っていると思われるお婆ちゃんが、窓の外を見ながら、平然と、私も飛行機は窓側と決めているの、と言わんばかりに腰を下ろしていた。

 「そこ、僕の席なんですけど」若い人ならこの一言をためらわずに言えただろう。僕は3のBに腰掛け、のぞき込むように同じ窓の外を見ながら、「窓側がお好きなんですか?」と問いかけるのが精いっぱいだった。

 「どっちでもいいけど。空が見えたほうがいいね~」

 そうですね、と僕は3のBに身を沈める。その答えを聞いて僕は了解してしまっていた。いや、質問した時点ですでに、僕の窓側権利は僕の手からスルスルとこぼれ落ちてしまっていたのだ。

 文庫本を取り出し、手荷物を前の座席の下に押し込む。シートベルトをしめ、文庫本を開いたとき、「旅行かい? 名古屋に帰るの?」と満面の笑みでお婆ちゃんが話しかけてきた。やれやれ。動いていない飛行機の窓からでは、その景色に飽きてしまったのだろうか、それとも僕が好意的に話しかけてきたと思われたのだろうか。どちらにしても、3のAを予約してしまった僕の不運とあきらめることにした。

 お婆ちゃんは熊本で一人で暮らしており、名古屋にいる息子のところへ孫のお祝いにいくらしい。何のお祝いだったかは忘れてしまった。名古屋で一緒に暮らそう、と息子さんは提案しているらしいのだが、お婆ちゃんは頑として首を縦に振らない。その様子は僕の両親と同じだった。

 団塊の世代の両親は、誰にも迷惑をかけることなく暮らしていきたい、と口癖のように繰り返す。だから、滅多に連絡もよこさない。そういう僕もこちらから連絡を取るようなことは滅多になかった。親父が倒れるまでは。そして、そういう状況になっても両親の姿勢は変わらない。この先どうなるのだろう。そして、こういった問題は誰しも避けて通ることのできない、人間としての問題なのだ。お婆ちゃんのいつ終わるともない話を聞くともなく聞きながら、そんなことを考えていた。

 不意にお婆ちゃんが口をつぐむ。お婆ちゃんが見つめるその視線の先では、さきほどの美人CAが非常事態に目の前に落ちてくるであろう酸素マスクの説明を行っていた。お婆ちゃんは真剣に説明を聞いている。うんうんとうなずきながら。そんなお婆ちゃんに、僕も便乗する。3のBという距離では、美人を眺めるには、最適な距離というにはまだ近すぎるのだが、ここぞとばかりにCAさんを視界に入れる。そして、ふと周りを見渡すと、誰もCAさんの説明を聞いていないようだった。3のAと3のBの乗客以外には。

 こういった航空法で定められているであろう酸素マスクの説明。おそらくとても大事で、繰り返し行われる説明というものは、もうわかっているよ、というのが大方の反応なのだろう。僕も一人だったら、文庫本に目を落としたままだったはずだ。でも彼女は淡々と業務をこなす。口元の笑みを絶やすことなく。不安を与えることなく。もしものときに、もっとも大事な、いちばん最初に行うべき行動を情報提供する。それは僕らの仕事とその本質を軌を一にする。

 CAさんの説明が終わるとすぐに飛行機は離陸体制に移った。お婆ちゃんは姿勢を正して目を閉じている。この瞬間が苦手な僕も文庫本と目を閉じた。意識が一点に向かって落ちていくようだった。

 目を覚ますとお婆ちゃんが前の座席のテーブルを取り出し、ワゴンサービスを待っているところだった。僕も慌ててテーブルを用意するが、ワゴンはなかなかやってこなかった。少し寝て頭がスッキリした僕は両腕をテーブルに乗せ、文庫本を開く。そういうつもりではなかったのだが、お婆ちゃんは話しかけてこなかった。だが、本の内容はなかなか頭に入ってくることはなく、ボーディング・ブリッジでの出来事を思い出していた。

 改札を抜けると僕はイチャイチャしたカップルの後を一人寂しくブリッジの中を歩いていた。カップルの男のほうは季節感がまるでなくタンクトップに金のネックレスという出で立ちだった。程なくして、渋滞の列に当たるのだが、動く気配がない。しばらく待っているとまた列は動き出したのだが、列は左に寄っていった。そして、その理由が判明する。おじいさんが少し歩いては立ち止まり、踏み出せないでいる。乗客はおじいさんが歩みを止めたその脇をすり抜けて追い越していっていた。

 僕は追い越すことなく見守った。どうせ僕の後ろには誰もいなかったからだ。いや、僕は観察していた。パーキンソンだ。すくみ足はあるものの、歩き出すと止まれなくなることはないようだ。傾斜があると怖いかもしれない。僕は傍観者だった。

 そこにタンクトップの彼が引き返してきて、大丈夫? とおじいさんに声をかける。そして、おじいさんの腕をとり、歩行の介助をしたのだった。彼女にいいところを見せたかったのかもしれない。それでも彼は紛れもない当事者だった。それに引き換え、知識のある僕はただの評論家にすぎなかった。傍観者であれば誰でも何でも好きなことが言える。じぶんに害が及ばないとなればなおさらだ。そこには覚悟がない。覚悟がなければ当事者にはけっしてなれない。

 僕は評論家ではなく当事者でありたい。実際にじぶんがやれることをやっていこうと思う。そう覚悟を持って。

 例のCAさんからホットコーヒーを二つ受け取る。一つは3のA、もう一つは3のBに。しかし、この距離は近すぎる。この一連のやり取りの中で、僕はCAさんを一瞥することすらできないのだった。
 

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