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2015年9月25日 (金)

夜間高血圧とRAS阻害薬

ひさしぶりに日経DIクイズ書きました。
夜間高血圧対策としての利尿剤。
その他の手をご紹介。

Di201509

日経DI 2015.9 
日経DIクイズ1 「塩分が多いと夜間高血圧になる理由」


【早朝高血圧】

 早朝高血圧には大きく分けて2つのタイプがある。サージタイプと夜間高血圧タイプ。どちらも早朝の血圧が高いので、その時点の血圧だけでは判別し難い。しかし、患者の背景に注目すれば予測できないこともない。

 参考:サージタイプ対策の一つの手
     日経DIクイズ 2014年11月「ノルバスクをアダラートCRに変えた理由」


【夜間高血圧】

 糖尿病や肥満、CKDの患者においは食塩感受性が高いとされる。つまりNa貯留傾向にある。この過剰なNaを日中に排泄できなければ、本来血圧が低下するはずの夜間においても高くなってしまうわけだ。

 当然、対策としてすぐに思い浮かぶのは利尿剤だ。詳しくは本誌を参考に。

 もう一つの血圧日内変動を改善する薬効群、それはRAS阻害薬。たとえばARBの投与を朝から夜に変更すると、血圧日内リズムがnon-dipper型からdipper型に移行することが多い。RAS活性が高まる夜間から早朝の時間帯に、ARBの効果を最大限に引き出そうというわけだ(ちなみにCa拮抗薬は服用時間に係わらず昼間と夜間の血圧を同程度に低下させるので、血圧日内リズムに及ぼす影響は小さい)。

 なぜなら、ARBの半減期はけっこう短い。朝1回の服用では夜間まで届かないのも頷ける。半減期の短いタイプのARBを単剤で使用するなら、1日2回での服用がいいかもしれない。

 ロサルタン錠50mg  2~4時間
 カンデサルタン錠4mg 11.2時間
 バルサルタン錠80mg  3.9時間
 テルミサルタン錠40mg 20.3時間
 オルメサルタン錠20mg 6.3時間
 イルベサルタン錠100mg 13.6時間
 アジルサルタン錠20mg 13.2時間
 (月刊循環器 2013/4 Vol.3 No.4 P.97より引用改変)

 早朝・夜間高血圧をターゲットとして拡宣しているARBといえば、テルミサルタンとオルメサルタン、アジルサルタンが思いつく。テルミサルタンは確かに半減期が一番長いのでさもありなん。では他の2剤はどういった理屈なのだろうか?

 まずはアジルサルタン。これはカンデサルタンの改良型であり、脂溶性が高まったことによる組織移行性、そして受容体から解離しにくさが特徴と言われている。この受容体からの解離しにくさが降圧効果と半減期が相関しない理由らしい。たしかにT/P比は高いようだ。

 もう一つはオルメサルタン。これは日経メディカルに関連の記事がある。

 
 「オルメサルタンは昼間のNa排泄促進を介して、昼間・夜間のNa排泄のバランスを改善することでnon-dipperを正常化している可能性がある」らしい。

 まあ、上の2剤は特殊と考えて、ふつうは半減期やT/P比を参考にすればいいわけだ。とすれば、じつはARBよりも優れているやつがいる。ACE阻害薬のペリンドプリル。半減期は57時間のT/P比は75~100%もある。じつに圧倒的なのだが・・・。

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2015年9月18日 (金)

「家族に処方された薬を勝手に飲んではいけません」

スンベプラとクラリスロマイシン。
併用禁忌の薬が一つ屋根の下にある状況。
他人に処方された薬を服用することの危険。

CASE 174

男性 50歳 

他科受診:整形外科  併用薬:トラムセット配合錠 4錠 分4

定期処方:
Rp1) クラリスロマイシン錠200mg 2錠  分2 朝・夕食後   7日分

Rp2)カフコデ配合錠       6錠  
    カルボシステイン錠500㎎ 3錠  分3  毎食後  7日分

患者のコメント:
「母親の抗生剤(バナン)を飲んでたけど効かなくてね。マイコプラズマ肺炎って」

疑義照会:
(内容)他科にてトラムセット服用中、アセトアミノフェン過量
(回答)カフコデ配合錠 6錠 → アストミン錠 6錠 へ変更

母親の情報:
ダクルインザ・スンベプラ療法を実施中(12週目/24週)

□CASE 174の薬歴
#1 必ず本人がクラリスロマイシンを飲みきる
  S) 母親の抗生剤(バナン)を飲んでたけど効かなくてね。マイコプラズマ肺炎って
 O) 母親→ダクルインザ・スンベプラ療法を実施中(12週目/24週)
 A) クラリスロマイシンを誤って母親が服用すると危ない
 P) お母さんには併用禁忌の薬。間違ってもお母さんが飲むことのないように。
   この抗生剤は本人が必ず最後まで飲みきってしまうこと。
 
 
□解説
 本人ならびにお母さんともに当局を長く利用されている。ゆえに母親がダクルインザ・スンベプラ療法を実施していることはカルテを出さずとも把握できていた。

 その息子に併用禁忌であるクラリスロマイシンが処方となる。イヤだな~と思いながらもお話しを伺うと、「母親の抗生剤(バナン)を飲んでたけど効かなくてね」との情報が。この状況はやはり危ない。

 マイコプラズマ肺炎とのことなので、ニューキノロンに変えてもらおうかとも一瞬迷いもしたが、母親の薬と併用禁忌であること、必ず本人が飲んでしまうようにと徹底し、投薬している。

 
□考察
 ダクルインザ・スンベプラには併用禁忌が多数ある。本人への対応はしっかり行っているつもりだが、家族の薬というのは盲点だった。でも、残薬も含めて、視野に入れておかないといけない。

<ダクルインザの併用禁忌>

1

<スンベプラの併用禁忌>

2

 「他の人に処方された薬」を飲んではいけない、あげてはいけない。残薬を勝手に服用してはいけない。こういった基本的な服薬指導は、当たり前のことであるがゆえに、おろそかになりがちだ。でも、こういった当たり前のことを、ことあるごとに、繰り返しアナウンスしていくのも薬剤師の役割なのだ、と再認識させられた事例だった。

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2015年9月11日 (金)

2015年9月のコラム ~催眠・鎮静系の抗うつ薬~

2015年9月の薬局にソクラテスがやってきた
睡眠薬の多剤併用の問題と催眠・鎮静系の抗うつ薬。
テトラミドとリフレックスの構造ってほんとにそっくり。

【第39回】


 まったくの偶然ですが、同日に「BZ系薬の高用量処方、いまだ減らず 多剤処方の減少効果は認められるが診療報酬改定の効果は限定的」 という記事が掲載になりました。たしかに、減っていないように日々感じます。

 記事の中で「今まで当たり前のように講じられてきた『半減期の異なる睡眠薬の併用』。一見理にかなっているように見えるが、そもそもこれが不眠改善において“ブースター効果”を発揮するかどうかは、明らかになってはいないのだ」と書きました。BZ系の効果がアロステリックな働きによることを考えると、やはり期待はできないように思います。

~参考資料~
2002年に不眠のために米国で使われた薬剤の相対処方頻度

1位 トラゾドン(デジレル、レスリン) 
2位 ゾルピデム(マイスリー)
3位 アミトリプチリン(トリプタノール)
4位 ミルタザピン(リフレックス、レスリン
5位 Temazepam(本邦未発売)
6位 クエチアピン(セロクエル)

 

【第40回】


 第39回で催眠・鎮静系抗うつ薬を扱いましたが、ミアンセリン(テトラミド)とミルタザピン(リフレックス、レメロン)の構造がそっくりなんです。でも、抗うつ薬としての位置づけはまるで違う。

 その違いを構造と薬理作用から迫ってみました。特に構造は6位のCとNだけの違いに過ぎません。しかしCとNは物性的性質がぜんぜん違う。

Photo

 
この手の話題は興味のある人とない人がはっきりします。僕は楽しいですが・・・。今後も懲りずにこの手の話題にもチャレンジしていきたいと思います。

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2015年9月 4日 (金)

「じぶんの場所」x「憧れ・感染」x「他者」

「哲学とはおのれ自身の端緒が更新されてゆく経験である」・・・この言葉はわたしに、じぶんが不明になるという体験をポジティヴにとらえていいのだと呼びかけた(P. 3)


【じぶんの足を置いている場所】

 じぶんをそのまま肯定できない。じぶんの足を置いている場所が偽物の感じがする。こういうじぶん自身への否定感情は、じつは子どもたちの親たち、サラリーマンも主婦も、いや教師自身も、ほんとうは深く抱え込んでいるものだ。

(鷲田清一『<弱さ>のちから』講談社学術文庫 P. 52)
 
 学校の子供たちだけではなく大人も、という文脈で語られたこの内容。いやこの宿痾はいたるところにあって、薬局薬剤師の世界も御多分に漏れずだ。もちろん、もっとできることはある。だからといって、なぜ今のすべてがダメなのか。なぜ否定の文脈でしか語られないか。これはできているが、もっとできるためにはこうすればいいよ、とは語られない。

 あるいは、なぜ自分たちが専攻している分野以外の活動には否定的なのか。医療は科学だけでは語り得ない。そこには人というものを視野に入れた対応が必要になる。だから、各人が必要だと思うことを、それぞれのやり方で、薬剤師の医療というものを考え、接線を引き続ける。それが溶解して患者のためになるように。

 また、医療現場の人間はつねに研究者に敬意を払うべきでもある。基礎があって臨床があるからだ。だからといって、卑屈になる必要もない。「じぶんの足を置いている場所」を、足元をよく見つめる。そして、「行くことはわかっているが、どこへ行くかは知らない」道を、わたしはただ走りつづける(@長田弘)、を実践したいと思う。
 
 
【憧れに憧れる】

「自分を自由にすることができるのは自分だけで、ひとに自由にしてもらうことはできないんだ、でもやっぱりだれか自由なひとがそこにいると、連鎖反応が起こって感染してしまう。詩を読むと読んだひともいくぶんか詩人になるようなもんです」、と。そういえば、道徳というのは根本では命令/服従の関係ではなく、魅力/憧れ(アスピラアシオン)の関係だというベルクソンの考えを思い出す。

(鷲田清一『<弱さ>のちから』講談社学術文庫 P. 200)
 

 この一節をよんで、僕はニーチェを思い出す。いや正確に言えば、齋藤孝著のニーチェだ。

 「君は君の友のために、自分をどんなに美しく装っても、装いすぎるということはないのだ。なぜなら、君は友にとって、超人を目ざして飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから」(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

 私にとって、ニーチェが憧れの矢だ。憧れを目指して飛ぶ矢は、憧れを引き寄せる。「憧れに憧れる」ことが、私の思想の根幹であり、それはニーチェの思想と常に共鳴している。
 憧れは、自己と別物ではない。ニーチェは、自著『反時代的考察』の中で、「いかにして自己を知るか」という問いに対して、自分のリスペクトしてきた諸対象を自分の前に並べてみろ、といっている。この憧れの対象リストが、本来の自己がどのようなものであるかを示す。「憧れの矢」はすでに自分自身の本質でもあるのだ。

(齋藤孝『座右のニーチェ 』光文社新書 P. 17-18)
 
 「憧れに憧れる」そう感染するのだ。僕が楽しく勉強すれば、楽しく接線を引き続ければ、きっとそれは感染する。僕は一本の矢でありたいし、仲間も僕にとっての一本の矢であり続けてほしいと思う。

 そして、僕にとってのいくつかの憧れの矢、その対象リストこそが、僕の本質を映し出す。それは、「どこへ行くかは知らない」道の方向だけは指し示してくれるだろう。
 
ひとはそれぞれ、じぶんの道で特定の他者に出会うしかない

所有物としてのじぶんの才能や性格のうちにではなく、だれかある他者にとってのひとりの他者でありえているという、そうしたありかたのなかに、ひとはかろうじてじぶんの存在を、あるいはその意味を見いだすことができるわけだ。問題なのはつねに具体的な「だれか」としての他者であり、したがって「わたしはだれ?」という問いには一般的な解は存在しない。ひとはそれぞれ、じぶんの道で特定の他者に出会うしかないのだ。
 じぶんに固有なものがなにもないから寂しいのではない。まわりにだれもいないから寂しくなるのでもない。じぶんがここにいることが他のだれかにとって意味があると感じられないことが、寂しいのだ。(中略)じぶんがここにいることがだれかある他人にとってなんらかの意味をもっていること、そのことを感じることができれば、ひとはなんとかじぶんを支えることができる。そのとき、たぶん、「わたしはだれ?」という問いは消えている。

(鷲田清一『<弱さ>のちから』講談社学術文庫 P. 231)

 「ひとはそれぞれ、じぶんの道で特定の他者に出会うしかない」この一文のために引用文をひいたようなもの。「じぶんの場所」、「憧れ・感染」、「他者」これらのキーワードを意識して、僕はただ走りつづける。
 

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