« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月28日 (金)

報告と御礼そして勉強会のご案内

講演がんばりました。もう当分やりません((+_+))
コラムの紹介と研修会の御礼。
勉強会の案内つき!


【報告】

ファーマシストマガジン9月号の特集コラムを担当しました('◇')ゞ

Photo



お時間のあるときにご覧ください。


【御礼】

 去る8月23日「薬剤師のための医療薬科学研修会(第28回)」にご参加いただきました皆様、まことにありがとうございました。170名以上の参加者があったときいております。貴重な場を与えてくださった関係者の皆様にも感謝申し上げます。

 森さんとはサッカー以外でいっしょに仕事をしたのは初めてでした。高齢者への対応、腎機能シールの活動など、僕もがんばらないといけません。

 古久保先生はおもしろかった。ああいう遊びを取り入れないといけません。そして、事前にリサーチをすることの大切さを学びました。僕ももっと症例報告を読みたいと思います。マスだけ見て埋もれてしまうことがないように。

 僕の講演はソクラテス同様、どっぷり抽象の世界だけで楽しんでしまいました。

01


 写真は演者3名と熊大薬学部学部長の甲斐先生。平田先生はこんなときも多忙なのです。その平田先生から勉強会の案内があります。僕も参加します('◇')ゞ

Photo_2

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年8月21日 (金)

メトグルコ服用中の一時的な休薬の指導とその再開

BG薬服用中の胃腸炎。
脱水による乳酸アシドーシス。
一時的な休薬の服薬指導を。

CASE 173

女性 50歳 

他科受診:なし、併用薬:なし

定期処方:
Rp1) オルメテック錠20mg 1錠   
    フルイトラン錠1mg   1錠
    ビソプロロール錠5mg 1錠
        トラゼンタ錠5mg    1錠 分1 朝食後   28日分

Rp2)ピタバスタチン錠1mg    1錠 分1 夕食後 28日分

Rp3)メトグルコ錠250mg  6錠 分3 毎食後 28日分

患者のコメント:
「胃腸炎で下痢していたから、メトグルコは言われた通りにやめていたので、1週間分残っている。よかったかしら?」

疑義照会:
(内容)メトグルコ残薬1週間分
(回答)28日分→21日分

□CASE 173の薬歴
#1 メトグルコの一時的な休薬と再開への理解
  S) 胃腸炎で下痢していたから、メトグルコは言われた通りにやめていた。
   1週間分残っている。よかったかしら?
 O) メトグルコ残薬調整 28日分→21日分
 A)  メトグルコの一時的な休薬の理解OK
 P) OKです。脱水を疑うようなときは今回のように休薬を。
   再開も慌てずに体調が戻ってからでよい。
 
 
□解説
 メトグルコの服薬状況ならびに残薬の確認をすると、「1週間分残っている」と。しかし、それはしっかりとした薬識によるものだった。服薬指導が活きており、患者の安全に貢献できた症例と言っていいだろう。

 患者は指導されていた通りにメトグルコを一時的に休薬するも、1週間も服薬していなかったことに対して不安を覚えている様子。

 そこで対応に間違いがなかったこと、再開を急がずに体調が戻ってからでよいことを再度確認している。

 
□考察
 メトグルコの重大な副作用である乳酸アシドーシス、これを回避するために二つの視点が必要になる。一つは禁忌症例の除外。もう一つが今回のような一時的な休薬だ。

 一時的な休薬が必要となるケースというのは、造影剤を除けば、ほとんどが“脱水”に起因する。脱水は血液の循環不全とつながり、低酸素状態が筋肉や肝臓で生じ、乳酸アシドーシスのリスクとなる。また一方で、血液循環不全は腎血流量の低下からメトグルコの血中濃度の上昇にもつながり、これもとうぜん乳酸アシドーシスのリスクである。 

 発熱や下痢、嘔吐などによる水分喪失、夏場の水分不足(利尿剤やSGLT2阻害薬併用中の方はさらに注意が必要となってくる)、そしてアルコール利尿(大量飲酒時も休薬が必要。脱水の他に乳酸の分解を妨げる)。こういったときに対応できるように、一時的な休薬の指導を徹底しておく必要がある。

 そして再開について。メトグルコはSU薬やDPP-4阻害薬のように、効果がすぐに反映するような薬剤ではない。再開を急がずに、体調が戻ってからでよいことを併せて伝えておきたい。

 

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年8月14日 (金)

8月のコラムと上半期の閲覧ランキング発表

2015年8月の薬局にソクラテスがやってきた
LABAの違いと上半期ランキング。
応援ありがとうございます!!

【第38回】


 LABAはいかにしてLABAとなったのか? GSKの商品を比べることで、基本骨格は同じままで側鎖がその違いを生み出していることを、そしてホルモテロールの即効性の秘密に迫りました。

 構造には意味があり、知識が繋がっていくことがおもいしろい、と僕は感じます。ただそれが、実際にどう役に立つのか? こう問われると答えに窮します。しかしこの、いわば“接線を引く”作業こそが、本当の理解をもたらすのではないか、と僕は考えています。

 

【2015年1月~7月の閲覧ランキングTOP100


2015


  【第1位】 山本雄一郎の「薬局にソクラテスがやってきた」 
        タケキャブと既存PPIはどう違う?

 往路1位とのこと。ほんとうにありがとうございました。引き続き、復路もよろしくお願いいたします。

 上半期は12本の記事をアップしました。その他の記事もなんとか全部、TOP100に入っていたようです。

 【第19位】 ARBと利尿薬をあえて単剤で処方する理由

 【第22位】 ニコランジルがただの硝酸薬じゃない理由

 【第23位】 「納豆OK」だけじゃない!NOACの本当の利点

 【第24位】 「PPI抵抗性GERD」に対するPPI投与の最適化

 【第26位】 エリキュースの代わりにイグザレルトを使ってもいいですか?

 【第39位】 ループとの併用でサイアザイドが復活する理由

  【第40位】 SU薬の違いは「心」にある


  【第47位】 SGLT2阻害薬による皮膚の痒み、「アレルギー性」とは限らない


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 7日 (金)

「日々の愚考を湯煎にかけていく」

「そんなふうに断言できるのは、この風景が彼のなかで血肉化され、日々の積極的な反復から生まれる前向きな退屈さのなかで、いつでもどこでも再現できるからだ」(p. 50)


バン・マリーへの手紙

バン・マリーへの手紙
価格:1,944円(税込、送料別)


【日々の愚考を湯煎にかける】

熱いものが冷めてぬるくなったのではなく、はじめは冷たかったものに熱を与えてそこまで温度をあげていくことがだれの目から見ても積極的な行為であることはあきらかだし、微温状態の維持だってかならずしも容易なことではないのだから。(中略)道具のあるなしにかかわらず、ミルクパンに入れて直火であたためる方法を採らないところに、私はある種の啓示を見る。情報の分析や技術の習得のように白黒が明瞭になるものですら、肝心かなめのところには零と一の組み合わせではない湯煎的な一帯を設けるべきだと思うからだ。手に入れた材料を、言葉を、体験を、レンジフードの換気を最大にしてがんがん火であぶり、炒めるような真似だけはしないで、火加減に気を配りながら湯煎にかけること。

(堀江敏幸『バン・マリーへの手紙』岩波書店 P. 10-11)
 
 情熱の火をもって、あぶり、炒めることだけが方法ではない。愚直に、たんたんとやり抜く技法としての湯煎というものがあるはずだ。

 また、湯煎という行為は「よけいなものを表に出さない戦闘的な微温状態」とも綴られている。僕も、火加減に気を付けながら「微温状態の維持」という積極的な行為に身を投じたいと思う。

 今の世の中は電池の直列つなぎのように光が強くなるものしか評価されず、並列の夢を許してくれない(『河岸忘日抄』)。だが僕は、並列的な生き方こそ、積極的な待機であり、直列では成しえないことがきっとできる、と考えている。
 
 
【空に引かれた見えない専用軌道をあえて外れる】

 「きみの場合、それらは本にカウントしません」
 なぜなら、教室にいた仲間たちをなかば見下ろすようにやや攻撃的な口調でその学生が挙げてくれた書物は、すべて彼自身の専門分野に属するか、その周辺にある本ばかりだったからだ。(中略)読んで当然のものを読んだって、引かれた線路のうえを走っているようなものではないか、それではいつまでたっても自分の島から離れられはしないんだよ、と。
 できるできないはべつとして、これは要するに、定められた領空の、定められた空路に沿って飛ぶなという理想の啓示である。そして、是非とも現実に近づけるべき理想でもある。だれもが似たような速度、似たような高度で飛んでいては、見えてこないものが多すぎるからだ。規定の路線を安易に飛ぶくらいだったら、いっそ飛ばずにおなじ効果が得られる術を見出そうと努めるべきだろう。

堀江敏幸『バン・マリーへの手紙』岩波書店 P. 208-209)
 

 僕はごく自然に、読書と言うとき、専門書をカウントしない。なぜなら、それは仕事だからだ。必要があって、いや必要に迫られていなくても、専門分野の理解と情報を得るために読む本は、僕の読書の定義には当てはまらない。感覚的にわかっていたこのことは、あえて専用軌道を外れるためのものだったのか、と得心する。

 「だれもが似たような速度、似たような高度で飛んでいては、見えてこないものが多すぎる」たしかにそうだ。だから飛ばないという行為を選択し、おなじ効果が得られる術としての読書を、引用を続けるのだ。
 
【引用と呼ばれる「どこでもない」場所】

最初から異質だとわかっている光景をならべて、あいだに、どこに開かれているのだかわからない夢想の通用門を用意してやる、という手もある。それを強引に書物の世界へ引き込んでみると、おそらく引用と呼ばれる「どこでもない」場所に近づいていくだろう。引用とは、書くことと読むことをつなぎながら、しかも現実の世界には降りないための空港の滑走路みたいのもので、もしうまく運べば、読者はその滑走路わきのターミナルで永遠のトランジットとして身を休めたり、喉の渇きをうるおしたり、空腹を満たしたり、電話で外部と連絡をとったりできるばかりでなく、語りのなかにあるもうひとつの語りに飛んだまま、そこから出てこなくてもよくなる。(中略)恥ずかしさを乗り越えていつまでもその場にとどまることで、逆に現実への豊かな門が開かれるかもしれないのである。

堀江敏幸『バン・マリーへの手紙』岩波書店 P. 209)

 インプットもアウトプットも恥ずかしさを乗り越えつつ、本当の飛行、孤独な営為としての飛行の夢を抱く。

 「湯煎」、「並列の夢」、「積極的な待機」、「飛ばないという行為」これらはどれもきっと今の世の中では評価の対象にすらなりはしない。でも構わない。僕は夢を抱え、あえて留まる。
 

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »