« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月31日 (金)

2015年7月のコラム ~ループ利尿薬抵抗性とSMART療法での留意点~

2015年7月の薬局にソクラテスがやってきた
ループ利尿薬第2弾とICS/LABA配合薬第1弾。
1回分ズレちゃってるな。

【第36回】


 ループ利尿薬抵抗性を引き起こす原因として、ループ利尿薬自体が届きにくくなることとループ利尿薬の作用部位であるヘンレループより後ろにある遠位尿細管や集合管が頑張るようになってしまうことを紹介しました。

 この抵抗性に対して、ループ利尿薬の増量かサイアザイド系利尿薬などの併用で対応するわけですが、増量する場合、フロセミドで対応するケースが多い。では他のループ利尿薬は増量してもダメなのか?

 結論から言えば、他のループ利尿薬も増量することで、その利尿効果を確保することができます。しかし保険の壁があります。例えば、ダイアートならラシックスの80mgに相当する120㎎までしか使用できません。保険を無視すれば、ダイアートを最大300㎎まで使用してNa利尿を確保した症例もあるようです。


【第37回】


 喘息治療薬としてのICS/LABA配合薬の違いを簡単にまとめてみました。細かい機序(固有活性や動態)は思い切ってカットしてみました。長くなりますし、論点がまとまらなくなりますので。あとデバイスの問題にも触れていません。しかし、吸入薬ではデバイスの問題は無視できません。なぜなら、“吸えてなんぼ”ですから。

 他剤には見られないシムビコートの特徴といえば、SMART療法ができることでしょう。しかし、SMART療法を安易に勧めていいものでしょうか。患者選択は主に医師の役割だとしても、患者教育には薬剤師も大きく関与していくことになります。間違っても、SMART療法を指示されていない患者に、リリーバ-的な用法を教えてはいけません。

 喘息の治療の歴史において忘れてはいけないのはSABAの乱用。シムビコートならいくらかマシ? そういう容認は喘息患者のためには決してならないと思います。

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月24日 (金)

8/23(日) 熊本大学薬学部での研修会でお話します('◇')ゞ

一か月後に迫りました。一時間お話させていただきます。
熊薬出身以外の方でも参加OK! 申し込みは不要です。
直接お越しください('◇')ゞ

Photo

 日経DIの7月号にて、ご案内していただきました。
僕は二番手。僕の視点の創り方、そして心臓疾患に使われる薬を中心に内容を作っています(後半のお二人が腎臓ですから)。

 ちなみにサブタイトルはこちらのパクリです(^^)v


【平成27年度 薬剤師のための医療薬科学研修会(第28回)】
 
 日時:平成27年8月23日(日) 13:00~17:30
 会場:熊本大学薬学部 大江総合研究棟2階多目的ホール
 主催:熊本大学薬学部教育委員会卒後教育部会
 参加方法:事前申し込みはありません。直接会場へお越しください。
       ※当日受付で受講料2,500円(テキスト代含む)をお支払いください。
 連絡先:熊本大学薬学部 卒後教育部 会長 平田純生
      〒862-0973  熊本市中央区大江本町5-1  TEL/FAX:096-371-4856
      e-mail:hirata@kumamoto-u.ac.jp

Photo

 添付文書情報だけでは薬物適正使用はできません。くすりのキャラクタをどうとらえ、どのようにして情報を得ればよいのか?そして情報の使いこなし方について考えてみたいと思います。講師はCKD患者・透析患者の薬物適正使用について鋭い感性を持っている古久保拓先生。日経DIの連載「薬局にソクラテスがやってきた」で難しい話を分かりやすく小説のように著し一躍有名人になった熊大薬学部OBの山本雄一郎先生、高齢者の服薬支援とその実践についてクールに語る森直樹先生。そして腎臓病の専門家の平田が加わります。

 ■  透析患者と薬の怖くて大切な話
      古久保拓先生 (白鷺病院薬剤科:大阪市)

 ■  薬のキャラクタをどのように読み解くか ~中空構造薬学の深層~
      山本雄一郎先生 (アップル薬局)

 ■  高齢者医療における服薬支援 ~患者情報の共有と連携~
      森直樹先生 (温石病院薬剤科)

 ■  腎機能低下時のハイリスク薬管理
      平田純生先生 (熊本大学薬学部臨床薬理学分野)

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月17日 (金)

気管支喘息のICS/LABA配合薬をまとめてみました。

【ICS/LABA配合薬(BA)投与用量の目安一覧表】
手技やアドヒアランスに意識の中心があるこの分野。
ちょっと頭の整理をしてみました。

Ics_laba_2

 アドエアとレルベアに使われているLABA、サルメテロール(SM)とビランテロール(VI)には用量反応性がありません。よってLABAを増量することはできないため、ステップアップ(もしくはステップダウン)する際には、必ず違う規格のものを用意しなくてはなりません。

 一方、シムビコートとフルティフォームのLABA、ホルモテロール(FM)には用量反応性があるため、一回の吸入回数を変更することで、投与用量の変更に対応することができます。ということは、処方せんの不備で、一回吸入量が記載されていない場合には、照会が必須になるわけです(アドエアとレルベアなら用法・用量は決まってますから・・・)。

 とくにシムビコートの場合、SMART療法まで含めて、一つのデバイスで対応が可能になります。便利といえば便利なのですが、患者の吸入状況の把握が難しくなるといったこともしばしば経験します。

 

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月10日 (金)

ジゴキシン‐クラリスロマイシン併用によるジギタリス中毒

ジゴキシンはP-gpの基質薬物。
P-gp阻害剤としてのクラリスロマイシン。
倍量CAMを有するピロリ除菌製剤。

CASE 172

男性 65歳 

他科受診:なし、併用薬:なし

定期処方:
Rp1) バイアスピリン錠100mg 1錠   
    ダイアート錠30mg         1錠
    アルダクトンA錠25mg   1錠
        オルメテック錠20mg    1錠 
        ハーフジゴキシンKY錠0.125mg  1錠 分1 朝食後   28日分

Rp2)ピタバスタチン錠1mg    1錠 分1 夕食後 28日分

Rp3)ラベキュアパック800  1シート  分2 朝・夕食後 7日分

Rp4)プロテカジン錠10mg  1錠 分1 夕食後 21日分(Rp3終了後に服用)

患者のコメント:
「胃カメラしたら、十二指腸潰瘍とピロリ菌がいたよ。胃酸の出すぎはこいつが原因だろうって」

薬歴・患者から得られた情報:
① Rp3は初、その他はDo
② S-Cr:1.2、Tall:170、BW:70→Ccr:60mL/min
③ カリウムはNP

疑義照会:
(内容)クラリスロマイシンでジゴキシン濃度2~2.5倍に
(回答))ラベキュアパック800→ラベキュアパック400に変更

□CASE 172の薬歴
#1 ラベキュア‐ジゴキシンによるジギタリス中毒
  S) 胃カメラしたら、十二指腸潰瘍とピロリ菌がいたよ。
   胃酸の出すぎはこいつが原因だろうって。
 O) Ccr:60mL/minで腎NP、カリウムもNP
   疑義照会にてラベキュア800→400
 A) クラリスロマイシンによるP-gp阻害→ジゴキシン↑
   リスクは低くなったが注意は必要
 P) 少々の軟便や下痢、味覚異常はNP
   吐き気、徐脈、頭痛、めまい等→すぐ受診を
 
 
□解説
 ハーフジゴキシンを服用中の患者に対してのピロリ菌の除菌療法。一次除菌のレシピには、相互作用で何かと気を使うクラリスロマイシンの存在がある。そのクラリスロマイシンのP-糖たんぱく質(P-gp)阻害作用により、ジゴキシンの血中濃度が上昇する。さらには、PPIの服用もジゴキシンの血中濃度上昇に関与している。

 ジギタリス中毒を起こしやすい背景かどうか、血清Kと腎機能、体重を確認すると、幸いそのリスクは低いと思われた。ただ、クラリスロマイシンのP-gp阻害作用は用量依存的に発現するため、疑義照会を行い、ラベキュア800を400へと変更してもらう。

 そのうえで、除菌による軽微な副作用による中断を警戒しつつも、ジギタリス中毒の初期症状と対応をアナウンスしている。

 
□考察
 青島さんのブログを見ると、ジゴキシンとクラリスロマイシンの併用の恐ろしさがよくわかる(ジゴキシンとマクロライド系抗菌薬の「併用注意」を考えるを参照)。台湾における心不全患者を対象としたコホートでは、この2剤の併用のすさまじい結果が紹介されている。

 腎機能やカリウム値などが正常なジギタリス中毒リスクの低い患者においても、ランサップ800やラベキュア800といった高用量クラリスロマイシン含有製剤は避けるべきだろう。

 クラリスロマイシンを倍量から通常用量に変えてもらい、相対的にはリスクを回避できたように見える。が、この組み合わせはできれば避けたいのが本音だ。

Photo

 キニジン、クラリスロマイシン、アミオダロンの3剤は通常用量で、ジゴキシンの血中濃度をそれぞれ2~3倍、2~2.5倍、1.7倍~2倍に上昇させるといった報告がある。つまり通常用量でも、ジギタリス中毒はつねに念頭に置いておかなければならない。

 ということは、今回の対応は不十分だったと言わざるを得ない。さいわい体格の良い方で事なきを得たが、ラベキュア800を400にしたことで満足してはダメだった。患者背景によっては、常用量のクラリスロマイシンであっても、併用期間中はジゴキシンを半量もしくは隔日にするといったところまで踏み込んでいく必要があるだろう。

 

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 3日 (金)

人間の精神は、集団の中だけで成長するものではない

「本というのは、人間が密室の中で自分を少しでも高め、少しでも豊かにするための、楽しい相手である、と私は思っている。ことによると、読書という行為が、否応なしに、人間を密室へ導き入れるのかも知れぬ」(p. 23)


【人間の意味は社会との関係の中にある】

 職業は、社会における人間の役割のことである。職業を通して、人間は、社会との間に或る積極的な関係を持つことが出来る。この関係を持つことによって、あるいは、持とうと決意することによって、人生の意味が決定される。(中略)人間の意味は、いつも人間の外部にある。人間の意味は、社会の中にある。それが言い過ぎであるなら、人間の意味は社会との関係の中にあると言い直してもよい。

(清水幾太郎『本はどう読むか』講談社現代新書 P. 48)
 
 自分はこの仕事には向いていないのではないかといった適性のことや何をしたらいいのかわからないといった悩みというものは、だいたいが自分の中のことだけにすぎない。そういう段階においては、職業が人生の意味へ通じるなんてことは想像もできないだろう。

 「社会との間に積極的な関係を持とうと決意する」ことができるか。

 君の漠然とした、茫洋とした、掴み所のない悩みを解決するためには、答えを自分の中に求めてはいけない。それは自分の内側に見出すことはできないのだ。
 
【教養書を必要とする人たち】

 その中(モンテーニュ『エセー』)で、自分が本を読むのは、立派に死に、立派に生きることを教えてくれるような知識が得たいからだ、と彼は書いている。この目立たない一句は、教養書というものの生命を、また、それを読むことの意味を正確に表現している。モンテーニュは「立派に」という言葉を使っている。モンテーニュにせよ、私たちにせよ、所詮、生物である。私たちが生きているのは、生物だからであって、人生の意味が判っているからではない。判ろうと、判るまいと、私たちはすでに生きている。そして、生物である以上、いつかは死ぬに決まっている。ただ生きるため、ただ死ぬためであれば、実用書や娯楽書はとにかく、教養書を読む必要はない。それが必要になるのは、「立派に」生きるため、「立派に」死ぬためである。(中略)しかし、少数の人間は、未完成の形で与えられた生命を自分の手で完成しようとする。与えられた生命を自分の理想に向かって作り直し、立派に作り上げようとする。教養書は、この人たちのためにあるものである。

(清水幾太郎『本はどう読むか』講談社現代新書 P. 53-54)
 

 ただ生きること(死ぬこと)なら誰にでもできる。問題はどう生きる(死ぬ)かであって、ただ生きる(死ぬ)のか、あるいは立派に生きる(死ぬ)のか、その選択自体が個人に委ねられているわけだ。

 僕の読書習慣は、32歳のときに、このブログの開設とともに始まった。ただ人間の器を大きくしたかった。岡村先生の言葉を信じて、ジャンルを問わずにただただ数をこなした。そして、今、教養書は僕が読まなければいけない本として存在している。ただ読まないといけないということだけはわかる。今の僕に理解できるかどうかは別としても。
 
【表現の努力を通して真の理解を得る】

 私たちは、表現の努力を通して、初めて本当に理解することが出来る、それを忘れて貰いたくないのだ。本を読みながら、「なるほど、なるほど」と理解しても、そういう理解は、心の表面に成り立つ理解である。浅い理解である。本を読んで学んだことを、下手でもよい、自分の文章で表現した時、心の底に理解が生まれる。深い理解は、本から読んだものを吐き出すことではなく、それに、読書以前の、読書以外の自分の経験、その書物に対する自分の反応・・・・・・そういう主体的なものが溶け込むところに生まれる。それが溶け込むことによって、その本は、二度と消えないように、自分の心に刻みこまれる。自分というものの一部分になる。受容ではなく、表現が、真実の理解への道である。

(清水幾太郎『本はどう読むか』講談社現代新書 P. 95)
 

 「読むことは人を豊かにし、話し合うことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする」とフランシスコ・ベーコンも残しているように、「書く」という表現を通して、より深い理解へとつながることがわかる。

 僕のブログもコラムも、そして仲間と続けている勉強会もすべて表現の場だ。結果として、アウトプットを間違えてしまうこともままあるけれど、その表現までの準備過程を通しての学びこそが、僕にとって、もっとも価値のある作業なのは間違いない。
 

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ

薬剤師ブログタイムズ ブログランキング参加中! クリックしてこの記事に投票

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »