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2015年2月20日 (金)

叔父

 列車はスピードを弛め、ゆっくりと小さな駅に滑り込んだ。いや、この路線では大きな方か。ホームには『荒城の月』が流れている。豊後竹田か。列車がスイッチバックするくらいまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。研修会の会場のある大分までは、まだ1時間くらいはかかるだろう。

 夢を見ていた。叔父の夢だ。「ユウが薬学部とはね」。僕の中の叔父はいつもお酒を飲んでいた。そして、たいていは昼間のことで、そんなときは冬なら熱燗、夏ならブランデーと相場が決まっていた。赤ら顔で、漢方でいえば実証でまず間違いないだろう。また、叔父は酒類のコレクターでもある。玄関には有名な焼酎や日本酒が所狭しと並んでおり、部屋にはブランデー専用のサイドボードまである。

 「お祝いにいい酒あけちゃろうか」。そう言ってはうれしそうに、高価そうなお酒を取り出す。僕はうやうやしく受け取ると、表のラベルの銘柄と裏のアルコール度数を確認する。僕は叔父とはちがってお酒に強くない。昼間の酒はそういう者にはかなりこたえるからだ。だが、気持ちは受け取らなければならないし、口実がなければ、コレクターは自分のアイテムには手をかけない。

 当時の僕にとって、ビール以外の酒類は、普通名詞の存在でしかなかったのだが、叔父の部屋では固有名詞で認識せざるを得なかった。しぜん里帰りの折の手土産は、珍しいお酒が中心となっていった。

 いつだったか、叔父がこんなことを言った。「薬剤師か。薬学部を出て、営業になったときはもったいないと思ったけど、遠回りしたほうがあとで得することが多いからな」。

 いま考えると叔父のこの言葉をそのまま借り入れて、僕の経歴の理由として後付けしたような気もする。物事を客観的に考えろなんて言うけれど、いくら客観的に考えたつもりでも考えている主体は僕なのであって、それは主観ともいえる。かくのごとく主観と客観は容易に切り離せるものではないらしい。その点、第三者は傍観的であり、客観よりもより客観的なわけだ。おかげで僕の転職は、人生の負い目になるようなことはなかった。

 社交的な叔父には来客が絶えなかった。そんな叔父の部屋には薄いストールを身にまとったきれいな裸の女性のパネルが飾ってあり、少なくとも僕が物心ついたときには、もうそれは叔父の部屋の一部として欠かせない存在になっていた。子どもの頃の僕にはとても不思議な光景ではあったのだが、そのパネルにいやらしさというものはついぞなく、叔父のいう「きれいだろ」にただ頷き、心を奪われるばかりだった。

 「薬剤師はたいへんか」。正月の帰省の際、金箔入りのおめでたいお酒を僕にふるまいながら叔父は言った。「オレはもう何年も病院には行くこともないけど、もういい齢だからな。会社もあと数年だろう。今は会社が居てくれと言うからな。後進を育て上げんといけんし」

 その叔父も65歳となり、年金暮らしに入っていた。継続は力なり、とは本来いい言葉なのだが、定年に関しては気をつけないと言ったのは外山滋比古だっただろうか。それによると、人間はリズムで生きているという。そして、リズムは速度を産み、力を伴って生活習慣を形づくる。それは車と同じとで、つまり急停車は危ないというわけだ。

 このことを思い出したのは、先日、叔父が脳出血で倒れたからだ。薬剤師という医療者でありながら。せっかく身内に健康のことがわかる人間がいたというのに。そんないたたまれない気持ちを吐露するように、言い訳のような独り言をつぶやいては、できたであろうという悔恨とできなかったという現実との間で引き裂かれているようだった。

 いつの間にか車窓から見える風景が開けていた。車窓ごしに空を見上げる。出発時より明るくなっていた空には、白い雲と灰色の雲がゆっくりと流れていき、明るい光と暗い光が交互に僕の顔に降り注いだ。大分駅を知らせるアナウンスが車内に流れる。「よっし」。僕は掛け声とともに立ち上がり、乗降口へ向かった。

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