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2014年9月 5日 (金)

なぜひとは、なぜこの私は勉強しなければならないのか?

「なぜ勉強しなければならないのか」
「ありのまま」ではない「自分らしさ」


【教えようとする者のその人の人間的なありよう】

 つまり、ひとの教育力なるものは、教育しようとする者から、教育される者へと発せられる言葉(意味)ではない。こう教育しようとする意図(意識)が教育するのではない。相手にこうなってほしいと頭(意識)で考えていたとしても、無意識や深層では矛盾することを考えていることもある。そういうもの(内容)も相手に伝わってしまう。教えようとする者は、プラスもマイナスも含めたその人間的なありようの全体で教えてしまうものであり、子ども(生徒)たちに見透かされることは必然である。
 
(諏訪哲二『なぜ勉強させるのか?』光文社新書 P. 192-193)
 
 つまりどんなに立派なことを言おうとも、後進が育たないのは、教えようとする者の人間的なありようの全体に問題があるわけだ。そして「学ぶというのは単独行ではない」。後進が想像できる理想像であるならば、今わかることしか学べない。教えようとする者にはそういった覚悟がいるわけだ。

 また、服薬指導・服薬支援の場においてもことは同じ。立て板に水的な、いわゆる定型文的なものを繰り返すだけでは、見透かされることは必然だろう。
 
 
【ひとの問題がやっかいなのは二重の構造のため】

 したがって、学校であれ家庭であれ、「なぜ勉強しなければならないのか」という問いが出てきたら、まともに真正面から答えるのではなく、できるだけ焦点をぼやけさせて曖昧にしてしまうのが適切であろう。これは逃げやごまかしではない。この問いに誰も正面から答えられないからである。(中略)
 
子どもの疑問であれ、おとなの疑問であれ、私たちの抱く疑問は自分個人のことでも必ず人間一般が絡んでくるし、人間一般のことでも、必ず「私」個人のことが絡んでくる。「なぜ勉強しなければならないのか」も「なぜひとは勉強しなければならないのか」と、「なぜこの私は勉強しなければならないのか」の二重に構成されている。ひとの問題が厄介でむずかしいのは、この点である。
 
(諏訪哲二『なぜ勉強させるのか?』光文社新書 P. 224-225)

 この構造は一昔前に話題となった「なぜ人を殺してはいけないのか」と同じといえる。この人間一般と私の二重構造はいたるところにある。重病を抱えた患者も、ひとはいつか死ぬし、いつ死ぬかわからないと了解しつつも、やはりなぜこの私が死におびえないといけないのかとなるだろう。

 構造がわかったところで答えなどありはしない。一般解など存在しない。そういった問題は個々人の変容によって乗り越えるしかないように思える。

【勉強することには覚悟がいる】

「私」が居て知識を身につけていくのではなく、知識を身につけて「私」自体が変容していくのが勉強なのです。

(諏訪哲二『なぜ勉強させるのか?』光文社新書 P. 249)

 だから、勉強するということは「ありのまま」の自分が己のままで成長、発展していくことではありません。「ありのまま」の自分を一度否定して(「ありのまま」の自分は、一度ぐらい否定しても無くなるようなやわな代物ではありません)、社会的に期待されている「あるべき」自分(近代的個人)に変身しようとする冒険なのです。
 
(諏訪哲二『なぜ勉強させるのか?』光文社新書 P. 252)

 「ありのまま」が流行っているようだが、この言葉にはずっと違和感を感じていた。

 いまのぼくにはまだまだ勉強が必要。であるならば「ありのまま」ではダメなのだ。ありのままを成長させるのではなく、社会的に期待されている「あるべき」自分を目指さなくては。
 
 そういえば内田樹もこう言っている。

 「自分らしく生きる」というのは、自分の中からこみあげてくるピュアな欲望や衝動に身を委ねるということではなく、人々が期待している役割を粛々と演じ切る覚悟性のうちにある。

 (内田樹『うほほいシネクラブ』文春新書 P. 52)

 「ありのまま」ではなく「自分らしく」生きたいものだ。
 

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