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2014年8月 1日 (金)

「自由」の場所はどこにある?

「足場のないところに足場を仮構するあやうさ」
あえて留まるという責任の果たし方。


【移動しながらそこにいる】

 知りたければみずからの足で確かめればいいのだが、どの河のどの河岸と特定しなければ、流れの先の風景など結局は想像の埒外に置かれてしまうのではないか。いま彼は、その埒の外の置かれた河岸にいる。そう、ただ河岸にいる、とだけ言っておこう。水が水自身を持ち運ぶように、彼は彼自身の河岸を自由に移動させるのだ、現実のなかだけでなく、地上からは見えない暗渠のなかにおいても。
 *
 ところが、幸か不幸か、彼の河岸はいまかりそめの停泊を余儀なくされて、どこも動こうとしない。
 (中略)
 とはいえ、彼は移動している。移動しようとしている-繋留された船に乗って。でも、いったい、どこへ?
 
(堀江敏幸『河岸忘日抄』新潮文庫 P. 5-14)
 
 繋留された船。それは待機する主人公の象徴だ。ただの待機ではない、積極的な待機によって「移動しながらそこにいる」ことを成そうとする。

 「人間の生活においても、ある種の潮流がある。満ち潮に乗れば、幸運に導かれる。無視をすれば、人生の旅は苦しみの浅瀬に漂うだけとなる。私たちはいま、そういう海に浮かんでいる。だから、その潮流に乗らなければならない。さもなければ、賭けているものをすべて失くすことになるのだ」とシェイクスピアは言った。

 そうかもしれない。だが、ぼくは、「足場のないところに足場を構築するあやうさを、むしろ大切にしておきたい」という主人公に同意する。そこにこそ、ぼくの求める自由はある。
 
 
【矛盾を実現するために】

・・・、一生のあいだおなじところに留まるなんて、どだい無理な相談なのである。しかし与えられた枠のなかでものごとにたいする焦点距離が安定するなら、彼はあたらしいレンズを手に入れる代わりに、焦点が合うところまで視野ぜんたいを移してやるだろう。それが彼にとって、傲慢さやひとりよがりを抑制しながらなお自分を失わない唯一の方法であり、動かずに移動することを可能にするたったひとつの方途だった。
(中略)
・・・、受け身と攻めの区別がつかないようなありかたでなければ、移動しながらそこにいる、という矛盾を実現することはできないのである。
 
(堀江敏幸『河岸忘日抄』新潮文庫 P. 65-66)

 「動かずに移動すること」それは矛盾でもある。一見なにもしていないように見えるかもしれない。踏み出さないように見えるかもしれない。だから今の社会では評価すらされないだろう。だが、踏み出せないわけではない。受け身でなければ逃避でもない。受け身と攻めの区別がつかない、積極的な待機に意味を見出したいのだ。

 そして焦点距離。さらには視力。明瞭に見えるだけではない。いや、明瞭にしか見えないようではまずい。ほんとうの視力とは、「ぼんやりと形にならないものを、不明瞭なまま見つづける力」のことなのだ。

【真実とは、関係であり、距離の取り方だ】

・・・、動かずにいるための正当な権利を手に入れるためには、そこに大文字の真実がなければならない、ということになる。しかも真実とは、本人がそこにあると信じているかぎりにおいて有効なのであり、信じる力が弱まって影が薄れた瞬間、嘘に転じてしまう酷薄なものだ。

(堀江敏幸『河岸忘日抄』新潮文庫 P. 91)

誰が見ても正しいことを、ひとは真実と呼ぶ。誰が見ても明らかならば、なんの説明も、なんの解説もいらないはずだ。程度の差こそあれ、真実はあちらこちらに転がっている。だから、真実とはなにかを、正しいこととはなにかについて論じることにも、ほとんど意味はない。真実とは、真実と見なされているものとの関係であり、距離の取り方であって、それ以外ではないのだ。
 
(堀江敏幸『河岸忘日抄』新潮文庫 P. 200)

 何かを成すためには、その過程の正当な権利を得るためには、大文字の真実が必要だ。だからぼくらは、ぼくらの真実を大事にしていかなければならない。

 そして、その真実が正しいかどうかを論じる必要はない。後ろめたさや焦りを感じることもない、と仲間には告げたい。しかし、それとの関係と距離の取り方だけは意識しておく必要はあるのだろう。なぜなら、それこそが真実なのだから。
 

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