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2014年3月28日 (金)

2014年3月のコラム ~「OATP1B1」と「P-糖蛋白」~

2014年3月の「薬局にソクラテスがやってきた
OATP1B1とP-糖蛋白
トランスポータにまつわる話題

【第4回】

2014/03/04 「グリベンクラミドにリファンピシンを併用して低血糖が起きたのはなぜ?

 相互作用ネタ。関連の薬歴公開はなく、書きおろしです。

 CYP2C9で主に代謝されるグリベンクラミドにCYP誘導剤で有名なリファンピシンを併用すれば、とうぜんグリベンクラミドの効果が減弱する。教科書的にはそうです。でも違う。リファンピシンはOATP1B1阻害剤でもあるからです。

 そして、さらに複雑系の様相を呈していきます。実際には経験したことのない相互作用ですが、おもしろいのでご紹介。

 

【第5回】

2014/03/18 「プラザキサとイグザレルトってどちらもP-糖蛋白の基質なのに、なぜこうも違うの?

 こちらもトランスポータネタです。関連の薬歴公開は「CASE 135 アムロジピンとGFJをどのように指導しますか?」です。

 今が旬のNOACの話題ですが、話の重心はGFJとの相互作用へと移っていきます。

 GFJは小腸でのCYP3A4及びP-糖蛋白阻害剤。そして、この相互作用を考えるうえで必要なパラメータが「バイオアベイラビリティ(BA)」です。

 ちなみにBAが小さい薬は、個人差も大きくなりがちなので、その点も注意するように心がけています。

 
 

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2014年3月21日 (金)

人参湯とその派生処方

四逆湯もしくは四君子湯からの派生処方の人参湯。
桂枝+32→82。
低血圧で虚寒症の方に。

【人参湯】

 No.32(人参湯):人参、白朮、乾姜、甘草

 適応:脾胃虚寒

 附子理中湯から附子をのぞくと人参湯になる。これは補気剤の基本処方である四君子湯からの派生処方とも見ることができる。

 脾胃虚寒の初期に用いる。効果不足ならブシ末を0.5g/回くわえるか附子理中湯を考慮する。

 冷たいもので食欲不振や胃痛、膨満感、下痢になりやすく、四肢が冷えるタイプに適している。腹部の冷感がポイントで、温かいものを好む者に適しており、冷たいものが好きな者には投与を避ける。

【人参湯の派生処方】

 No.82(桂枝人参湯):桂枝、人参、白朮、乾姜、甘草

 適応:陽虚、虚寒

 人参湯に桂枝をくわえたもの。頭痛や肩こりとともに四肢の冷えや低血圧、ふらつき、立ちくらみ、そして疲れやすく、食欲不振といった症状に適している。

 陽虚のひとは血圧が低いことが多く、桂枝人参湯を2週間ほど服用すると、血圧が10くらいあがるといわれている。そして、それから随伴症状が緩和してくる。

 

【投薬時の注意点】

 No.82(桂枝人参湯):手足のほてりやのぼせ、潮熱などの陰虚はさける。

                発熱時には休薬する。

 

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2014年3月14日 (金)

前立腺肥大症オペ後もハルナールを継続する理由

前立腺のオペをしてきました。
ハルナール継続。
それはなぜ?

CASE 156

男性 70歳 

処方内容:
Rp 1)ミカルディス錠40mg 1錠・ハルナール錠0.2mg 1錠 / 1x朝食後 28日分
Rp 2) クレストール錠5mg 1錠 / 1x夕食後 28日分

患者からの質問:
「せっかく前立腺のオペをしてきたのに、まだ薬を飲まないとダメみたいで」

患者から得られた情報:
① 泌尿器科を紹介され、前立腺をレーザーで焼いてきた
③ ハルナールを中止⇒残尿感

□CASE 156の薬歴
#1 前立腺オペ後もハルナールを納得して飲んでもらう
  S) せっかく前立腺のオペをしてきたのに、まだ薬を飲まないとダメみたいで。
 O) 泌尿器科にて前立腺をレーザー処置
    ハルナールを中止すると残尿感あり
 A) ハルナールを納得して飲んでもらう
 P)ハルナールは膀胱頸部にも効果があり、オペはそこには手が出せません。
 R) なるほどね。泌尿器のDrも症状が残ることはあるといってたもんな。
   まあ尿閉にならないだけでも・・・。

□解説
 排尿困難を訴えていた患者が泌尿器科にて、低侵襲性のレーザー手術を実施。残念そうに「せっかく前立腺のオペをしてきたのに、まだ薬を飲まないとダメみたいで」とコメントされる。ハルナールを飲まないと残尿感があるとのこと。

 たしかに患者からしてみれば、オペをすれば服薬から解放されるといった期待を抱くのは当然だ。だが、経尿道的前立腺切除術(TURP)でさえ、術後に排尿障害が改善しない症例が15~30%前後も存在すると言われている。

 
 患者はハルナールの効果を実感しており、中断する可能性は低いと思われる。ただ納得はしていない様子。そこで患者が理解しやすいように、ハルナールの薬理作用の説明を試みている。

 
 
□考察
 前立腺肥大症では前立腺平滑筋や膀胱頸部(内尿道括約筋)でのα1受容体が増加し、その反応性は増大していると言われている。そしてじつは、この交感神経を介した前立腺過剰収縮による尿道内圧の上昇(機能的閉塞)のほうが、腺腫による直接的な尿道圧迫(物理的閉塞)よりも、排尿障害に関与する割合が大きい。

 これが前立腺肥大症の薬物療法において、α1遮断薬が第一選択薬とされる理由である。

 オペでの前立腺の除去は控えめにされることが多いし、膀胱頸部にはふつう手を出さない(尿失禁につながるため。術後の合併症に対する膀胱頸部硬化症に対して拡張術を試みることはあるそうだ)。そう考えると、前立腺オペ後もハルナールなどのα1遮断薬が継続されることが多いのも頷ける。

 ただその本当の原因は一つに絞れるものではないらしい。閉塞の解除が不充分なものから、膀胱の問題、心因性の問題、術後の合併症など多岐にわたる。そして、薬局薬剤師に特定できるはずもない。だが、膀胱頸部の可能性なら薬理作用から、そしてハルナールが効いているというその事実から、いかなるケースでも関係していないと否定することはできないだろう。

 泌尿器科の医師も事前に説明してあったようだが、患者としては薬が一つでもなくなればと期待する気持もわからなくもない。薬はかくも飲みたくないものなのだ。
 

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2014年3月 7日 (金)

情報リテラシーと多くの人が見落としている真実

情報リテラシーの概念を一新する。
「他人の人生を背負っている人間」だけが爆発的に成長する。

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【情報リテラシーとは】

 情報リテラシーとは一言で言えば「情報についての情報」である。
「自分が知っていることについて、何を知っているか」というメタレベルの情報のことである。
 例えば、「この情報をあるメディアは伝えているが、違うメディアは伝えていない」という情報の「分布」についての情報。
「この情報には信頼性の高いデータによる裏付けが示されているか、いないか」という情報の「信頼性」についての情報。
「この情報はこれまで何度も意匠を変えて登場してきたある種のデマゴギーと構造的に同一か、先例の見出しがたい特異性を示しているか」という情報の「回帰性」についてのj情報。
 などなど。

 (中略)

 情報リテラシーが高いというのは、自分がどういう情報に優先的に関心を向け、どういう情報から組織的に目を逸らしているのかをとりあえず意識化できる知性のことである。

 (中略)

 そして、私自身による情報の選好や操作もまたまたそのつど間主観的に構造化されているがゆえに、その検討を通じて、私たちは「私自身の知がどのように構造化されているか」を知ることができるのである。
 情報リテラシーとはそのことである。
「情報についての情報」とは「おのれの知についての知」のことである。

 (内田樹『街場の憂国論』晶文社 P. 234-237)

 一般的に情報リテラシーと言えば、情報を見分け、使いこなす能力のように考えられている。が、じつは、そんな表層的なものではない。それはほんの第一歩にすぎない。

 それは情報の分布や信頼性、そして回帰性といったメタレベルの情報であり、さらには情報の選好や操作を通してわかる私自身の知の構造であるという。

 ある情報をその他の情報の中に配置し、関連付け、比較する。さらにはその情報が自分にとってどういった情報であったのかを認知する。そのことを通して、そのときの私を通して、私自身を知ろうと試みる。

 情報リテラシーを磨くとは、私自身を更新し続けていくことに他ならない。

 

【自分のために戦う人間は弱く、守るもののために戦う人間は強い】

 人間は自己利益のためにはあまり真剣にならない。これは多くの人が見落としている重大な真実です。
 自己利益は自分にしかかかわらない。「オレはいいよ、そんなの」というなげやりな気分ひとつで人間は努力を止めてしまう。簡単なんです。
 人間が努力をするのは、それが「自分のため」だからではありません。「他の人のため」に働くときです。

 (中略)

 自分のために、自分ひとりの立身出世や快楽のために生きている人間は自分の社会的能力の開発をすぐに止めてしまう。「まあ、こんなもんでいいよ」と思ったら、そこで止まる。でも他人の人生を背負っている人間はそうはゆかない。
 人間は自己利益を排他的に追求できるときではなく、自分が「ひとのために役立っている」と思えたときにその潜在能力を爆発的に開花させる。これは長く教育現場にいた人間として骨身にしみた経験知です。

 (内田樹『街場の憂国論』晶文社 P. 330-332)

 「人間は自己利益のためにはあまり真剣にならない」。
 まさにその通り。どこかの世界のインテリジェンス・フィーなんて、その最たるもので、そんな利益誘導による動機付けなんかを行うからダメだということになる。

 人間が成長するためには「他人の人生を背負う」必要がある。

 そのためには責任と覚悟がいる。「責任なんてとれません」というのは「他人の人生を背負うつもりはありません」の同義語であり、それは「成長しようとは考えていません」と宣言しているようなものだ。

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