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2013年11月 1日 (金)

「未来とつながりたい」という想い

時間に一矢むくいることで、歴史に参加する。
「ことばは時間に拮抗するための人間にとって唯一の武器だ」

【時代の枠組から逃れる】

 時間を越えたい、いいものを作りたいなどというと「小狡エリート趣味」「嘘っぽい」「根暗、やーね」と一笑に付されてしまう。というと人はテレビと小説とを混同していると腹を立てるかもしれない。しかしそうではないので、これらの風潮の底の底には、大量生産→大量宣伝→大量購買→大量破棄という、この時代の枠組がある。 (中略)

 こういった事情をもっとも雄弁に物語っているのは、近ごろのパロディブームとか称するものだろう。パロディが成立するには必ず原作=伝統がなければならぬ。ところが今のパロディの原作は殆どが、標語とコマーシャルである。すなわち時間をさかのぼることはせずに、同時代のものをなぞり、もじっているだけなのだ。ここでも過去と切れている。したがって未来なぞあるはずはない。一回性を越えるために発明された人類の全遺産が、一回性がいいのだとする刹那的な場当り主義によって危機に瀕しているのである。

(井上ひさし『自家製 文章読本』新潮文庫 P. 13-15)

 この問題提起は、それこそ枠組みを超える。たとえば、医療というぼくらの仕事やその記録である薬歴でさえもあてはまる。つまり、その場しのぎ的な仕事と継続性のあるものとの違いだ。

 継続性のある仕事をする。そして患者にとって、よりよいものを求めていく。これはPOSの考え方といってもいい。ケアプランを立て、薬歴にSOAPで経過記録をつけ、オーディットなどでケアプランを再考する。こういうサイクルを回していくことで、患者にとって、ベストなものを求めていく。

 薬歴なくして、POSは、薬剤師の仕事は語れない。過去と切れていては未来の予測など出来はしないからだ。

【過去や未来とつながりたいという想い】

 筆者はまず、この宇宙での最大の王は「時間」である、と考えた。この王の治世下においては、永遠でありたいと願うことは許されない。だが、人間としては、永遠ということばを発明してしまった以上、やはり永遠でありたいと願わざるを得ない。人間はやがてことばが、いささかではあるが時間を超えることに気づいた。こうして、わたしたちは読書行為に「過去とつながりたい」という願いをこめるようになった。そして、書記行為に「できるだけ遠い未来へとつながりたい」という想いをこめた。この二つの行為によって、ヒトが言語を手にした瞬間にはじまり、そして過去から現在を経て未来へとつながってゆく途方もなく長い連鎖が見えてきた。しかも読書と書記という二つの行為によって、わたしたち一人一人がその長い連鎖のうちの一環になることができるのである。書かれたものを読むことで過去がよみがえり、よみがえった過去に足を踏まえて未来に向けて書く。このようにしてわたしたちは「時間」と拮抗する。

(井上ひさし『自家製 文章読本』新潮文庫 P. 250)

 「ことばは時間に拮抗するための人間にとって唯一の武器だ」という説である。なるほど、無意識のうちに、このように願い、そして行動していたのかもしれない。

 医薬分業不要論や薬剤師バッシングなど、あまりにも耐えがたい状況にある現状。これをなんとかするには、薬剤師という職種の連鎖のなかに入り、過去を踏まえ、未来につなげるしかない。このときに現在がスッポ抜けてしまうと観念的なものになってしまう。だから、大局をみつつも、小局をだいじにする必要がある。

 思えば、たった二人の後輩のためだけに始めたこのブログもだらだらともう丸五年。最初は意識すらしていなかったが、やはり書く行為には変わりがなく、未来とつながりたいという想いが、ぼくの中にあったことは間違いない。

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