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2012年7月27日 (金)

ハンドリング問題を解決するジェネリック

錠剤は小さいほうがいい?
嚥下とハンドリングのバランス
GE(ジェネリック)の次のステージへ

CASE 122

85歳 男性  

他科受診:なし  併用薬 :なし

定期処方:
Rp1) アマリール錠0.5mg 1T・バイアスピリン錠100mg 1T・タケプロンOD錠15mg 1T / 1x朝食後 28日分
  2) パントシン錠100mg 3T・マグミット錠330mg 3T / 3x毎食後 28日分
  3) アトルバスタチン錠10mg 1T・タムスロシン錠0.2mg 1T / 1x夕食後 28日分
 4) マイスリー錠5mg 1T・デパス錠0.5mg 1T・プルゼニド錠 2T / 1x就寝前
 5) カリーユニ点眼液 5mL 1本
 
*Rp1)~3)は一包化

患者の息子から得られた情報(本人といっしょに来局):
① アマリール錠はつかみにくいみたいで、唾を指先につけてくっつけている。
② (一包化の)袋のなかにアマリール錠だけが残っていることがある。
③ 嚥下は問題ない。

薬歴(特記)から得られた情報:
① GEは差額の大きいもののみ希望
② タケプロンは「アスピリン潰瘍予防」のため変更不可

GE変更: アマリール錠0.5mg → グリメピリド錠0.5mg「三和」

□CASE 122の薬歴
#1 ハンドリングを考慮してグリメピリド錠「三和」に変更する
  S)アマリール錠はつかみにくいみたいで、唾を指先につけてくっつけている。
   (一包化の)袋のなかにアマリール錠だけが残っていることがある。
 O) 特記より「GEは差額の大きいもののみ希望」
    嚥下はNP
 A) GEへの理解がないわけではないので、ハンドリングを考慮し、
    アマリールもGE変更したほうがいいだろう
 P) アマリールをGEへ変更する。
    前よりも大きく、楕円なのでつかみやすい。
   色もついているので見落としにくい。
    食事がとれないなど、飲めないときの識別にも便利。   
 
□解説
 「アマリール錠はつかみにくいみたいで、唾を指先につけてくっつけている」「(一包化の)袋のなかにアマリール錠だけが残っていることがある」この二つの情報にフォーカスする。

 たしかにアマリール錠0.5mgは小さい。

05
 ここですぐにGEが頭に浮かぶ。

 特記を見るとジェネリックに理解がないわけではない。28日分で7円しか安くならない(1割負担)ので変更になっていないだけだ。

 そこで、グリメピリド錠0.5mg「三和」を紹介する。

Photo_4
 これでハンドリング問題は解決だ。おまけにシックデイなどのときの識別にも役に立つ。まさに一石二鳥だ。
 

□考察
 「高齢者は嚥下の悪いかたが多い。だから錠剤は小さい方がいい」というのは早計だ。小さすぎると今度はつまみにくい。さらに見落としもある。

 薬剤のサイズを考えるうえでは、嚥下とハンドリングという二つの視点が必要だろう。

 グリメピリド錠0.5mg「三和」でハンドリングは問題ない。もし、この患者の嚥下が悪ければ、OD錠を用意してあげればいい、と言いたいところだが、0.5mgのOD錠はないようだ。

 ところで、OD錠はなにかと評判が悪い。まず在庫の問題。つぎに市場するタイミングが、GE対策と思われても仕方がないからだ。

 しかし分包機で壊れない硬度なら、やはりOD錠は嚥下、ハンドリングともに有用なケースが多い。ただし、唾でもむせるくらいに嚥下の悪い方にはOD錠は不向きなので注意が必要だ。

 最後に、グリメピリド錠0.5mg「三和」のIFを紐解いてみる。

1.開発の経緯
 グリメピリドは、第3世代のスルホニルウレア系経口血糖降下剤(SU剤)として1995年6月にオランダで承認され、現在は世界70ヵ国以上で使用されている。
 グリメピリド錠0.5mg「三和」、グリメピリド錠1mg「三和」は、扱いやすいサイズ及び形状とすることで分割がしやすく、用量調節しやすい製剤で、しかも分割したときの成分含有量が均一の製剤を設計目標とし、㈱三和化学研究所により後発医薬品として開発された。

 なるほど。もともとハンドリングの問題も想定されていたわけだ。今回は偶然だったが、GEの採用薬を考えるうえで、薬剤サイズの問題も忘れずに考量したい。

 
 

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2012年7月20日 (金)

四物湯とその派生処方 その2

四物湯ベースということは血虚がある
血虚の高血圧には
血虚の四肢のしびれや痛みには

【基本処方:四物湯(詳細は四物湯とその派生処方 その1参照)】

 血が不足したものを血虚といい、これを補うものを補血剤といい、四物湯は補血剤の基本処方である。

 No.71(四物湯) : 地黄、当帰、芍薬、川芎

 
 適応:血虚

 四物湯は4つの生薬(モノ)からなる。構成生薬はすべて補性薬で補血作用がある。そしてその多くが温性薬(からだを温める)かつ潤性薬(からだを潤す)から構成されており、血液の循環をよくする。

【四物湯の派生処方】

 No.46(七物降下湯):地黄、当帰、芍薬、川芎、黄耆、黄柏、釣藤鈎

 適応:気血不足、肝陽上亢

 
 四物湯に黄耆、黄柏、釣藤鈎を加えると「七物降下湯」になる。四物湯の4つに3つを足して、7つのモノなので「七物」。では何を降下させる薬なのか。ポイントは釣藤鈎の存在だ。

 まず病態的に慢性の高血圧があると、程度の差はあれ、血虚や瘀血が存在する。そこで、四物湯と黄耆で気血の不足を補う。次に黄柏はその清熱作用でのぼせを鎮める。そして釣藤鈎は、肝の専門薬で、四物湯と協力して肝陽の上昇を抑える。ゆえに、高血圧やその随伴症状(めまい、のぼせ、耳鳴りなど)に効果がある。

 臨床応用として、経験的にだが、下の血圧が下がらないタイプの高血圧や更年期で血圧が上がったり下がったりするようなタイプによく効くといわれている。

 No.53(疎経活血湯):地黄、当帰、芍薬、川芎、桃仁、牛膝、蒼朮、茯苓、防已、防風、威霊仙、羗活、白芷、竜胆、陳皮、甘草、生姜

 適応:血虚の風湿脾

 四物湯に駆瘀血薬の桃仁・牛膝、利水の蒼朮・茯苓、去風湿の防已・防風・威霊仙・羗活、虚寒の白芷、清熱化湿の竜胆、和胃の陳皮・甘草・生姜を加えると「疎経活血湯」になる。

 たくさん入っていてわかりにくいが、簡単に言えば、「血液循環と水分代謝をよくして、四肢のしびれや痛みをやわらげる」処方になっている。

 臨床応用としては、慢性腰痛や坐骨神経痛、慢性関節リウマチ、ねちがい、脳梗塞後遺症などの四肢のしびれ・痛みや遊走性の痛みに使われる。もちろん、ベースが四物湯なので、つやのない皮膚や筋肉のひきつりなどの血虚の証があるものに適する。

 また、大防風湯の証とよく似ている。違いは症状の現れる部位にある。大防風湯は上肢にはあまり効かないが、疎経活血湯は上肢にも効果があり、遊走性の痛みにもよい。牛膝が下肢を、羗活が上肢を、威霊仙が全身の痛みをカバーしているからだと思われる。

【投薬時の注意点】

 地黄を含む方剤に共通する注意点:胃弱体質には注意する(食後服用など)。

     
 No.46(七物降下湯):血圧が低いものは避ける。

 No.53(疎経活血湯):
牛膝と桃仁が入っているので妊婦は避ける。

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2012年7月13日 (金)

アロプリノールによる薬疹

アロプリノールとCKD
そして薬剤性過敏症症候群(DIHS)
代替薬としてのフェブリク

CASE 121

60歳 男性  

他科受診:眼科  併用薬 :カリーユニ

定期処方:
Rp1) ラシックス錠40mg 1T・タナトリル錠5mg 1T・ジャヌビア錠50mg 1T / 1x朝食後 42日分
  2) ペルサンチン錠25mg 6T / 3x毎食後 42日分
  3) リバロ錠2mg 1T / 1x夕食後 42日分
 4) ノボラピッド注フレックスペン 300単位 4キット 1日3回(10-10-10)
 5) ランタス注ソロスター 300単位 2キット 1日1回(寝る前:10)
追加処方:
  6) アロプリノール錠100mg 1T / 1x朝食後 42日分

患者から得られた情報:
① 「足に違和感があるのは尿酸が原因だって。
   糖からかと思ってた。腎臓も注意って」
② Data UA:11.3、S-Cr:1.2、BUN:23.0
③ 白内障オペのため、眼科に入院予定

投薬より、28日後に入院先の眼科の薬剤師よりTEL:
①「突発性発疹のようなのが急に出て。
  患者さんが発疹を注意された薬があると」
② 患者は薬情は持参していたが、お薬手帳は持っていなかった。

□CASE 121の薬歴
H24.5.22
#1 アロプリノールによる薬疹
  S)足に違和感があるのは尿酸が原因だって。
   糖からかと思ってた。腎臓も注意って
 O) UA:11.3、S-Cr:1.2、BUN:23.0、eGFR:49(stage3)
    アロプリノール初
 A) DIHS原因薬かつCKD→薬疹のリスクあり
 P) 薬があわない方で、しばらくたってから薬疹がでることがあります。
   すぐに尿酸の薬を中止して受診してください。
  
H24.6.20
○○病院(眼科)薬剤師よりTEL
 Q)「全身に突発性発疹のようなのが急に出て。
    患者さんが発疹を注意された薬があると」
 A)おそらく、5/22から始まっているアロプリノールが原因と答える。    
 
□解説
 まずDIHSについて「重篤副作用疾患別対応マニュアル」から

 1.薬剤性過敏症症候群とは?

 薬剤性過敏症症候群は、重症の薬疹であり、高熱(38℃以上)をともなって、全身に赤い斑点がみられ、さらに全身のリンパ節(首、わきの下、股の付け根など)がはれたり、肝機能障害など、血液検査値の異常がみられたりします。
 通常の薬疹とは異なり、原因医薬品の投与後すぐには発症せずに2 週間以上経ってから発症することが多く、また原因医薬品を中止した後も何週間も続き、軽快するまで1 ヶ月以上の経過を要することがしばしば認められます。
 薬剤性過敏症症候群の発生頻度は、原因医薬品を使用している1000 人~1 万人に1 人と推定されていますが、原因と考えられる医薬品は比較的限られており、カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタール、ゾニサミド(抗てんかん薬)、アロプリノール(痛風治療薬)、サラゾスルファピリジン(サルファ剤)、ジアフェニルスルホン(抗ハンセン病薬・皮膚疾患治療薬)、メキシレチン(不整脈治療薬)、ミノサイクリン(抗生物質)などがあります。
 発症メカニズムについては、医薬品などにより生じた免疫・アレルギー反応をきっかけとして、薬疹と感染症が複合して発症することが特徴と考えられています。

 
 好発時期は原因医薬品を服用後2週間~6週間。さらにアロプリノールに限っては、

 (7)医薬品ごとの特徴
 アロプリノールが原因の場合には、腎機能障害の程度が強いことが多い。

 またアロプリノールの通常の薬疹においても、CKDの患者に多いと経験的に言われている。腎排泄型のため、用量依存的に副作用が増加しているのだろうか。

 以上を踏まえ、アロプリノールが初薬であること、CKD(ステージ3)であることを考慮し、DIHSまで視野にいれた薬疹への注意喚起を行っている。

□考察
 CKDのときに副作用をおこしやすい薬がいくつかある。パッと思いつくところで、新薬ではプラザキサ、古い薬ではバルトレックスをはじめとする抗ウイルス薬、NSAIDs、そしてこのアロプリノールだ。

 アロプリノールの重篤な副作用を回避するために、開発された薬剤にフェブリクがある。

 さらにアロプリノールは、ときに重篤な腎不全のほか肝障害、血管炎、皮膚炎を起こすことが知られている。とくに重篤な皮膚症状をきたすものをアロプリノール過敏症候群といい、投与例の0.4%に認められる。これらの副作用はアロプリノールがプリン塩基に類似した構造を有し、核酸代謝に影響を及ぼすことと関連する可能性がある。(*1 P.957)

 フェブキソスタットはアロプリノールの問題点を克服するため、プリン類似構造を創薬の出発点にするという発想から脱却して開発された「非プリン型選択的XO阻害剤」である。(*1 P.960)

*1 岡本研『新世代の尿酸生成抑制剤フェブキソスタット-XO阻害機構をアロプリノールと対比する-』Jpn Pharmacol Ther(薬理と治療)vol.38 no.11 2010

 なるほど、構造がまったく違う(左がプリン骨格のアロプリノール。右が新薬のフェブリク)。フェブリクならDIHSの心配をする必要はなさそうだ。

Photo_4
 さらにフェブリクなら1日1回で済み、軽度から中等度の腎機能低下患者において用量調節の必要もない。

  もうアロプリノールを新規に処方する時代は終わったな、と思う。

 ちなみにフェブリクについては、旭川の薬剤師道場(ブログ)の下記エントリーがおすすめ。

 1、APCC 2011年5月
 2、 高尿酸血症治療剤フェブリクの薬説

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2012年7月 6日 (金)

「老い」と「死」について

「老い」と「死」について考える。
今月の1冊のはずが3冊になってしまった…。

 ベストセラー『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を患者にすすめられる。だが、人からすすめられて本を読むことはめったにない。やはり出会いには時期がある。『俺に似たひと』を読了後に、手にとることに。そういう順番だったんだと、ひとり得心する。

【「老い」を「病」にすり替えている】

 いったい何のために、手術なんかしたのだろうと思う。
 俺もドクターも、何か重大なことを見落としているのではなかろうか。
 今の父親に対してすべきことは、もっと別のことであったはずではなかったのか。
 病を治すという行為に意味があるのは、あくまでも病の先に普段の生活が待っていることが前提である。あるいは、とりあえず緊急の危機から脱出するということ。しかし、このときの父親にとっての誤嚥性肺炎や歩行困難やせん妄は、果たして「病」だったのだろうか。
 病-健康、異常-正常といった俺たちが生きている世界の文脈とはまったく別の文脈のなかに、父親は入り込んでしまっていたのではないだろうか。
 これこそが「老い」というものであり、「老い」とは病とか異常とかいうよういな文脈とは別の、人間の生涯のなかの一場面なのではないだろうか。
 そして、そのことについて俺は何も知ることができないのではないだろうか。

 (平川克美『俺に似たひと』医学書院 P. 181-182)

 著者の父親が入院中に胃ろうの手術を行う。しかしその後の状態は、前進するどころか後退しているようにすら感じてしまう。そんな場面での著者の考察だ。

 胃ろうについて、著者はずいぶんと悩んでいる。そして「胃ろうでも、嚥下障害が改善できたら、口でも食べられるようになりますよ」という言葉に賭ける。しかし術後に好転することはなく、それは「病」ではなく「老い」として捉えるべきものだったのではないかとふりかえっている。

 なぜ、それらを「老い」ではなく「病」として扱ってしまうのか。

 なぜなら「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。 
 
一方、「病」には、回復の可能性があるからです。 

 (中村仁一『大往生したけりゃ医療とかかわるな』幻冬舎新書 P. 170)

 だから、「老い」を「病」にすり替えてしまう。「病」ならまだ打つ手がある。「病」ならなんとかなるかもしれない。このすり替えの結果が、医療者側のなんとかしてあげたい、家族のなんとかしてほしいという気持ちにつながっていくことになる。

 この考えの前提にあるものが「観念としての死」への捉え方だ。

 生活の中から「死」が排除された現代では、自分の死を誰も考えていない。さらに、そもそも自分の死を経験することはできない。つまり、自分の死を知らない。観念としてだけの「死」。だから「死」が怖ろしいものになる。

 よって、この「死」を考えることこそが、この問題の解決策になりうるのだ。

【どうやって「死」を考えるか】

 漠然と「死について考える」といっても、身近なところでの体験でもなければ難しい。繰り返すが、そもそも自分の死は経験できない。

 死について考えるといっても、自分の死について延々と悩んでも仕方が無いのです。(中略)極端に言えば、自分にとって死は無いという言い方が出来るのです。そうすると「(自分の)死とは何か」というのは、理屈の上だけで発生した問題、悩みと言えるかもしれません。これは「口」に似ています。

 (養老孟司『死の壁』新潮新書 P. 165-166)

 なるほど、実体のない「自分の死」も「口」もほんとうに観念的なものだ。ということは、考えるべきは「二人称の死」と「三人称の死」となる。

 自分の死ではなく、周囲の死をどう受け止めるか、ということのほうが考える意味があるはずです。

 (同書 P. 167)

 いずれにしても、そういう周囲の死を乗り越えてきた者が生き延びる。それが人生ということなのだと思います。そして身近な死というのは忌むべきことではなく、人生のなかで経験せざるをえないことなのです。それがあるほうが、人間、さまざまなことについて、もちろん、自分についての理解も深まるのです。だから死について考えることは大切なのです。

  
 (同書 P. 181)

 養老先生の文章はリーダブルだが難しい。たしかに周囲の死を考えれば、自殺や殺人がいけないということはよくわかる。

 
 でも、自分の死は無い、と言われても「無い」が「有る」なんて、どうもしっくりこない。ほんとうに自分の死は考えなくていいのだろうか。それは観念だ。社会や国家と同じだ。でもそれらは僕らに大きく作用しているではないか。

 そして自分の死を視野にいれていないからこそ、「老い」を「病」にすり替え、あがいてしまうのではないか。

 やっぱり、自分の死を考えることには意味があるのではないだろうか。

 「自分の死」を考えるのは、「死に方」を考えるのではなく、死ぬまでの「生き方」を考えようということなのです。
 すなわち、いのちの有限性を自覚することで、「今、こんな生き方をしているが、これでいいのか」と現在までの生活の点検や生き方のチェックをし、もし「いいとはいえない」というのなら、軌道修正を、その都度いこうということのなのです。

 (中村仁一『大往生したけりゃ医療とかかわるな』幻冬舎新書 P. 148)
 

 「逝き方」ではなく「生き方」を考える。これこそが、自分の死を考える効用というわけだ。

 
 問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが目的になってしまっている点にあります。本来、「健康は、こういう生き方をするために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もないのに、「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。

 (同書 P. 174)

 そして人生の後半においては、「老いる姿」「死にゆく姿」を認める。さらに晩年には、次の世代に伝え、残していく。

 年寄りの最後の大事な役割は、できるだけ自然に「死んでみせる」ことです。

 (同書 P. 7)

 老いが病にすり替えられ、死が排除されている今の社会において、いちばん必要なことかもしれない。

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