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2011年2月25日 (金)

言葉だけの低血糖には存在感がない

DEMを実施
ハイリスク薬SU剤の低血糖
低血糖に関心のない患者がまだまだいる

CASE 87

85歳 男性 

他科受診:整形外科  併用薬:プロレナール

処方内容:
Rp1) バイアスピリン錠100mg 1T・アーチスト錠10mg 1T・アマリール錠3mg 1T / 1x朝食後
 2) セルベックスカプセル50mg 2P・アイトロール錠20mg 2T・マグミット錠330mg 2T / 2x朝・夕食後
 3) ガスター錠20mg 1T / 1x夕食後
 4) アローゼン 1g / 1x寝る前
 1)~4)x28日分

患者のコメント:(夫婦そろって)「低血糖ってよくわからない」
          (奥様より)「よく食べるし、低血糖は起こらないと思うけど」

薬歴から得られた情報:
① 低血糖発作(発汗・ふるえといった交感神経刺激症状)なし
② ブドウ糖の所持(+)
③ HbA1c 6.7%

DEM実施時に得られた情報:
① 低血糖症状:わからない
② 低血糖時の対処法:わかる
③ 低血糖の経験:ない 

□CASE 87の薬歴
#1 低血糖は誰にでも起こり得る怖い副作用と認識してもらう
  S) 低血糖ってよくわからない。
    (奥様より)よく食べるし、低血糖は起こらないと思うけど
 O) 低血糖は起こらないと思い込みがあり、夫婦そろって関心がない
    発汗・ふるえといった低血糖発作の経験は一度もない
 A) 誰にでも起こり得る怖い副作用との認識が必要
 P) 低血糖は食事が遅れたり、歩きすぎたりしたことなどで、
    誰にでも起こる可能性がある副作用です。
    ひどくなると意識障害や昏睡も起こるんですよ(パンフにて説明)。
 R) なったことないからね~

 
□解説
 ハイリスク薬の概念が導入されて、当然「SU剤の低血糖」はチェック項目の1つになっているので、これまで何度も低血糖が起きていないかの聞き取りは行っている。

 低血糖やその発作について、そしてSick Dayの対応などの服薬支援もちゃんと記載がある。しかし今回のDEMで、低血糖の概念自体が理解できていないことが判明する。なんせ低血糖そのものはわからないけど、対処法はわかるなんて、矛盾もいいところだ。

 内心かなりがっかりしつつも、低血糖の概念を説明する。それは「SU剤を飲んでいる方なら、誰にでも起こり得る副作用であって、端に血糖が下がるだけでなく、適切に対応しないと重篤な症状を引きおこすんです」とアナウンスする。

□考察
 「なったことないからね~」。この言葉があらわすように、低血糖経験のある方(それが低血糖によるものとの認識のある方)は低血糖への理解度が高い。DEMを実施していちばん感じたことだ。

 経験がなく言葉だけの方にとって、低血糖は存在感がない(CASE 67参照)。

 薬歴上の「低血糖(-)」は、「低血糖がおこっていない」という意味で記録していたのに、「低血糖に関心なし」の意味にしかすぎなかったわけだ。

 低血糖はありませんでしたか? の前に、(そもそも)低血糖をご存じですか? こちらのアナウンスから始める。患者にとって、低血糖は当たり前の概念とは限らない。患者がどこにいるのか? それを見極め、薬剤師がそこまで行かなくてはならない。

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2011年2月23日 (水)

他人のためにできること

 【2月10日のこと。書きかけで忘れていた。

 服薬ケア研究会のセミナーで鹿児島へ。前日入りし、MR時代にお世話になった先生と天文館に繰り出すことに。8年ぶり。お互いの近況報告に、考えに、そして変わらない健康ぶり? にお酒が進む。

 先生は「薬剤師の質の向上は、医療全体に必要なこと」とエールをくれた。われわれの「薬学的視点」に期待してくれている。そのことがとてもうれしかった。

 先生自身はいろいろなアクションを起こしていて、生活習慣病にただ薬で対応していくだけではなくて、患者の生活習慣に介入し、実際に体重を落とすためのさまざまな取り組みをしている。「採算は合わないけど」と屈託のない笑顔だった。

 また「人の死を看取る」という特別な仕事としての医師の話にも聞き入った。ターミナルの往診で、その方の最後が近いときは毎日訪問するそうだ。

 「とくにできることはなくても。何回点数がとれるかなんかも関係ない。それが、それしかできることはない。あなたの人生のこの時間を共有させてくださいって。でも、これもただの自己満足なのかもしれないけどね」

 この他人に向き合う姿勢。これが先生のアイデンティティを形成している。

 
 私がもっと他人のためにできることは何だろう。まずは先生が期待してくれている「薬学的視点」をつねに忘れず、相手に関心を向けていきたい。ただ薬を渡すだけなら、そこに「私」はいないわけだから。

 「薬剤師の医療」を考える一夜になった。2時を過ぎるころ、足はもつれつつも、「次に先生に会うときには、成長しておかないとな」と自分に言い聞かせる。

 後日、先生おすすめの「木村敏『あいだ』ちくま学芸文庫」を取り寄せる(本が送られてきたので、この書きかけの記事を思い出した)。

 半分ほど読んだが難しい。外山滋比古先生でいうβ読みなので、まったく進まない(先生との距離はかなり遠いな)。とりあえず、この薄い文庫を何度も読んでみるしかないだろう。

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2011年2月18日 (金)

薬を飲みたがらない肝硬変の患者

薬を飲みたがらない肝硬変の患者
その理由は?
薬学的視点を持って、(S)をフォーカスする

CASE 86

72歳 女性 

他科受診:消化器科 
併用薬(当薬局より):
Rp1) アミノレバンEN 100g / 2x朝食後と寝る前
  2) プロマック顆粒 1g / 2x朝・夕食後
  3) タケプロンOD錠15mg 1T / 1x就寝前
  4) ウルソ錠100mg 6T / 3x毎食後

内科より処方:
Rp5) アレグラ錠60mg 2T / 2x朝・夕食後 14日分
  6) ザジテン点眼液 5mL

患者のコメント:
①「もう目はかゆいし、鼻水は止まらないし」
②「薬はあんまり飲みたくないのよね~」
③「この薬、肝臓に負担がかかるんじゃない?」

薬歴から得られた情報:
① 花粉症(+)
② C型肝炎→肝硬変
③ 消化器科からの薬の服薬状況はよいが、それ以外はよくない。
③ 昨年の花粉症シーズンのアレグラの投薬は1回(14日分)のみで、
  「効かないから、もういらない」とコメント(+)
④ 直近のデータ
  GOT:29  GPT:24
   Plt:10.3  Alb:3.0  TC:118
   eGFR:65

□CASE 86の薬歴
#1 アレグラは肝臓に負担をかけないとわかってもらう
  S)この薬、肝臓に負担がかかるんじゃない?
 O) 花粉症にてアレグラ処方も飲みたくない様子
   eGFR:65で腎はNP 
 A) アレグラは腎排泄型。安心してもらおう
 P) 薬は肝臓に負担をかけるものと腎臓に負担をかけるものがある。
    アレグラは腎臓のみで、肝臓にはまったく負担はかからない。
   もっと重症の肝硬変の人でも飲める薬ですよ。
 R) じゃあ、飲んでみようかしら

 
□解説
 「目はかゆい、鼻水は止まらない」とつらい症状を訴えるのに「薬はあんまり飲みたくないのよね~」といわれる。この患者は肝硬変の方で、検査値もご自分からよく見せてくれる。
 
 ビリルビンやPTは控えてないので、はっきりとは言えないが、脳症や腹水もないので、Child-Pugh分類のGrsde Aくらいなのだろう。定期薬の服薬状況は良好だ。

 薬歴からわかる定期薬以外の服薬状況の悪さと昨年のアレグラの服薬状況から、「薬はあんまり飲みたくないのよね~」とくるのは予想できた。原因は何なのだろう。薬が多いから? それとも・・・。飲みたくない理由を何度か訪ねるうちに出てきたコメントが「この薬、肝臓に負担がかかるんじゃない?」だった。
 
 これだったのだ。薬で肝臓がこれ以上悪くなるのが怖かったわけだ。当然、ここをフォーカスする。これが(S)だ。患者のコメントがなんでもかんでも(S)ではない。そんなことをしていたら、頭でっかちなSOAPになって、きっとプロブレムネームも付けられない。

 アレグラの処方をうけるが飲みたくない患者。腎機能は問題ない(以上、O情報)。なら話は簡単。アレグラは腎排泄型の薬なので、心配する必要はまったくない(A)。安心して飲んでもらえるように服薬支援を実施する(P)。

 肝機能障害患者における体内動態(外国人データ)7)
成人の肝機能障害患者17例(アルコール性肝硬変10例、ウイルス肝炎5例、その他2例)にフェキソフェナジン塩酸塩カプセル80mgを単回投与したとき、肝機能障害患者におけるフェキソフェナジンの薬物動態は、被験者間の分散も大きく、肝障害の程度による体内動態の差はみられなかった。Child‐Pugh分類でB又はC1であった患者のフェキソフェナジンのAUC0-∞は2176ng・hr/mL、Cmaxは281ng/mL、t1/2は16.0hrであった。これらの値は健康若年者における値のそれぞれ1.2、1.1、1.2倍であった。なお、忍容性は良好であった。
(注)成人における本剤の承認された用量は1回60mg、1日2回である。
(*アレグラ添付文書より引用)

 
 
□考察
 (S)がある。これはSOAPのメリットだ。薬剤師の専門性を活かせる情報にフォーカスする。それも患者の訴えを真摯に受け止めながら行う。そうすれば、薬剤師サイドからの一方的な服薬支援を避けることができる。レスポンス(R)がその証拠だと思う。

 ただ形だけの服薬指導を記録するだけなら、なんとでも書ける。初回服薬指導やひもつきの服薬指導なら、じつは(S)はなんでも成り立つ。型をつくろうとすると、(S)は「主訴」としか書けない。

 だから(S)があることはすばらしいのだ。それは「起点」となる。さらに(O)で「方向」を決め、(A)(P)で「力」を決めて、その日の服薬支援のベクトルが描ける。そのベクトルが患者にフィットすれば、行動変容が起こるきっかけとなるだろう。

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2011年2月11日 (金)

睡眠薬の個人差

薬のサイドからだけ見ているとすっぽ抜けてしまうファクター
「個人差」 「相性」
持ち越し効果はどんな睡眠薬だって起こる可能性がある

CASE 85

35歳 男性 
他科受診:なし 併用薬:なし

処方:
Rp1) ハルシオン錠0.25mg 1T / 1x寝る前

前回の薬歴:
#1 ハルシオン初回服薬支援

  S)ねつきが悪くなったので先生に相談した
 O) レンドルミン(0.25) → ハルシオン(0.25)
 A) ハルシオン初薬
 P) 寝つき専門の薬へ変更
   すぐに効いてくるので寝る直前に服用を

患者のコメント:
「ねつきはよくなったけど、なかなか起きれないし、残ってる気がする。
 半分にしたらよくなった」

患者から得られて情報:
① 23時服用→7時に起床
② ハルシオン(0.25)になって持ち越し(+)
③ ハルシオンは半分で眠れていることをDrに伝えている

□CASE 85の薬歴
#2 ハルシオンが効きすぎるので 0.125mgで服薬継続する
  S)なかなか起きれないし、残ってる気がする。
   半分にしたらよくなった。
 O) ハルシオン(0.25)0.5Tで服用中(Dr了解済)
   睡眠NP(23時→7時)  
 A) ハルシオンが効きすぎるタイプなのだろう
   持ち越し以外の健忘なども心配
 P) 睡眠薬は人によって効き目にかなり差がある。
   1Tだと効きすぎるようなので、そのまま0.5Tで継続を。
   0.125mg錠もあるのでそちらにしてもらいましょうか?
 R) 簡単に割れるからいいよ

 
□解説
 レンドルミンの服用で持ち越しのない35歳の患者が、ハルシオンに変更すると持ち越し効果が現れたという症例。

 若くて健康だし、短時間型の睡眠薬で持ち越しがないのなら、超短時間型だから考慮する必要はないだろう。#1の時点ではそう考えていた。

 しかし薬の効果には個人差がある。とくに睡眠薬ではその差は顕著だと考えたほうがいい。そんなことを再認識しながら#2を記録した。

 
 
□考察
 薬との相性。薬のプロフィールからだけで服薬支援を組み立てているとすっぽ抜けてしまうファクターだ。

 この症例を経験した後、はじめての睡眠薬をお渡しするときには、もれなく持ち越し効果について注意をするようにしている。

 

 そういえば、睡眠薬において、ブランドとジェネリックとのパラメータの値がだいぶ異なる。トリアゾラムならブランドもジェネリックも30名くらいの平均データを使用している。その程度のnなら、被験者が違えば、パラメータも異なって当然なような気もする。薬との相性、個人差というファクターは勘定できないわけだから。

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2011年2月 8日 (火)

しつけ・ドーピング・DEM

 土曜、日曜、月曜と3連ちゃんで勉強会に出席する。

 土曜日は犬のしつけ教室。家庭犬インストラクターのかたに「飼い主さんが知っておくこと」と題したオリエンテーションとレクチャーを受ける。第1回目は家族のみの参加で、主役(犬)はお留守番。

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 しつけ。この概念の主体は飼い主だ。飼い主が学ぶことがしつけであって、犬は主体ではない。そして、しつけには犬のトレーニングだけでなく、犬の管理も含まれている。世の中には犬嫌いのかたもいるわけで、私たちには犬を飼わせていただいているという謙虚な姿勢が求めらている。吠えてご近所さんの迷惑になるようでは、みんなが幸せにはなれないわけだ。ふむふむ。

 犬をペットとして飼うことはヨーロッパでは文化として根付いている。ヨーロッパにおいて、はじめて犬を飼うのであれば、しつけ教室に通うのは当たり前なことだそうだ。それが文化の証なのかもしれない。

 たいして日本でのそれはブームとして始まった。そのことがいま起きている問題の原因であるという(どこかで聞いたことのある構造だな)。

 さて、私がいちばん感じ入ったのは、このインストラクターの姿勢だ。彼女は「ブームを文化にしたい」と表明する。そのために奔走している。すばらしい。姿勢、夢、憧れ、・・・、適当な言葉を思いつかないが、そういう生き方が、人生がファンタスティックだ。

 日曜日はドーピング研修会に参加する。こちらの講師も現場の第一線で働かれている先生だ。薬学的内容、ドーピング研修の内容は割愛するが、こちらの先生も「観るスポーツから支えるスポーツへ」と熱いものを訴える。

 スポーツファーマシストという資格をとること自体に別段の興味は今のところない。しかし、うっかりドーピングを防止すること、ドーピングを心配しているアスリートをサポートすることくらいはすべての薬剤師ができなくてはいけないと思う。なぜなら、そこで問題となっているものは、われわれが専門家として扱うものだからだ。

 なのに昨日の参加者の少なさにはがっかりだ。明日、ロアッソ熊本の選手がやってきたとして、慌てず対応できるのだろうか。

 月曜日、DEM説明会に参加する。今年はSU剤の低血糖がテーマだ。全国の薬局からデータを集計し、それを医薬品の適正使用につなげようとする、薬剤師の新たな可能性につながる事業だ。

 にもかかわらず、講師からそれは伝わってこない。その程度の事務連絡ならメールで充分だ。わざわざ人を集めて伝えたかったことは何だったのだろう。最初はあったのかもしれない。しかし日薬から県薬、そして支部へ伝達されるにつれ、それは薄まっていったのかもしれない。

 想いを伝える。人を動かす。何かを変える。そういったことには人をひきつける何かが必要だ。齋藤孝先生が言う「憧れに憧れる」、内田樹先生が言う「他人の欲望に欲望する」といった構造が必要なのは間違いない。

 そういった意味で家庭犬インストラクターの先生やアンチドーピングの先生には充分にその力がある。私もこれから変わっていくだろう。

 だが、DEM説明会に参加して得るものは1つもない。残念ながら。それは内容うんぬんではなく、講師から伝わるものが何一つないからなのだろう。

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2011年2月 4日 (金)

EBMはどのようにして考案されたのか

EBM(Evidence-Based Medicine)
EBM発想の父、コクラン
どんな想いでEBMを考案したのだろうか?

 エビデンスに基づいて医療が行われていなかった時代、「権威」や「慣習」に基づいて、医療は行われていた。いまや医療はEBMが当たり前の時代。ところでこのEBMは、いかなる経緯、発想で考案されたのだろうか。それは私たちが考えているものと同じものだろうか。

 内田樹と三砂ちづるの対談の中から、疫学の研究者である三砂ちづるのコメントを紹介したい。

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 EBMという発想を作った父といえるのは、イギリス人の疫学者、アーチーボールド・コクランという人で、EBMのデータベースは彼の名を継いで、コクラン・ライブラリーと言います。EBM、という考え方には、彼の経験がとても色濃く反映している、と感じます。コクラン先生は第二次世界大戦時、二万人の捕虜キャンプの唯一の医者という経験をしたことがありました。そこでは、一日六〇〇キロカロリーくらいしか食物がないし、感染症が蔓延しているし、薬はないし……。とてもひどい状態で、彼は医者としてできることはほとんどないので、何百人もの死を覚悟したといいます。でも、結局キャンプが解散した時に、四人が亡くなっただけだった。しかもそのうち三人は銃創で亡くなったので、病気ではなかった。コクラン先生はこの結果に驚きます。(中略) 医療は重要だけれども、人間の回復していく力とくらべると、実はたいしたことはないのかもしれない。そう思えば、医療介入というのは本当に科学的根拠があって、どうしてもやらなければならない時だけにするようにしないと人間の回復していく力を妨げてしまうだろう、と彼は考えたのです。
 コクラン先生は、現行の医療はすごいインフレ状態だと言うんです。つまり、入力超過です。ある状況に対して、よってたかって、たくさんのことをやろうとしすぎている。(中略) その結果として、たいした成果が出ていない。その状況を何とかすべきだ、とコクラン先生は思われた。で、疫学を理論的根拠とするエビデンス、しかも、質の高いエビデンスを出すことができるものだけを使うことによって、不要な医療介入を減らそうとしてのです。(身体知 p.186-188)

 やっとエビデンスという言葉が出てきた。引用が長くなったが発案の経緯がよくわかる。そこには人間に本来備わっている力を尊重する考えがベースにあった。さらに引用を続ける。

EBMという考え方のいちばん基礎には、そういう発想があるということは私はとても大切なことだと思うのですが、実際にはコクラン先生のこの発想がどこまで理解されているのかは疑問で、結局、最新の科学的成果を医療に反映するためのEBM、ということになってしまって、かえってマニュアル化、というイメージを持たれてしまったところもあるようです。(同書 p.188)

 女性のコレステロールの問題などは、患者背景を勘定に入れずに画一化したガイドラインが独り歩きした結果、つまりマニュアル化が引きおこした問題といえるだろう。そこにはコクランの発想はまったくない。

 蛇足だが、痛風発作予防以外での尿酸のコントロールについてはエビデンスそのものを見たことがない。腎臓専門医の中には、痛風以外では尿酸のコントロールを考慮する必要はないと言い切るかたもいる。医療を定量的に扱うようになっているために、数値をコントロールすること自体が目的化しているのではないだろうか。

 ガイドラインで決まっているから。それだけで思考停止に陥ることがないようにしたい。ガイドラインだけでなく、患者の既往歴や家族歴なども考えて、納得して薬を飲んでもらう。不要かなと思うような薬については、医師と相談するように促したり、直接医師に働きかけるようにしていきたい。

 もともとEBMは、一人に医者が自分の医者が自分の患者さんと向き合って、できるだけその人の話を聞いて、その人の身体の混沌として情報を受け止められるように、いままで他の人がやってきた情報はなるべく早く手に入れるほうがいい。この人に向き合う時間をもっと作るために、ほかの人がやってきた最新のデータや科学的根拠について、データベースを使うと便利である、だから使う、というのがEBMで、マニュアル化とは逆の方向のはずだったと思っていますが、先駆者の意志は、的確に伝えられないことも多いと思います。(同書 p.188)

 医療者は患者を助けたい、患者は早く治りたいと考える。その結果、医療は入力超過になりがちになる。そこで人間の回復していくような力を妨げないようにと、EBMの考え方が生まれた。しかし、現在のEBMはコクランの考えとは逆のマニュアル化の方向に進んでいる。

 大規模臨床試験の結果、その薬は飲まないほうがいい、あるいはその数値はコントロールしようとしないほうがいい、というような報告がもっとあって然るべきだと思うが、ほとんどお目にかからない。大規模臨床試験を行うためにはどうしてもスポンサーとしてのメーカーの力が必要になる。そのメーカーにとって不都合なデータというものは、われわれにほんとうに公開されているのだろうか。

 時代の流れが間違った方向へと進むとき、必ず‘ゆりもどし’のような現象がおこる。その引き金となるようなデータそのものがメーカーによって隠ぺいされることがないことを願う。
 

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